800話 インドシナ・思いつき散歩 第49回


 チェンライにて


 ハノイ発の飛行機は、空腹の私を乗せて、タイ・スワナプーム空港に到着。LCCに無料機内食はないのだ。タイのイミグレーションは大混雑だった。ブースはあるが、係官がいない。台北などでもしばしば経験しているのだが、長蛇の列ができていても、係官が姿を見せないのは、「入国させてやるんだから、待っていろ。嫌なら来るな」という役人根性がどこの国にもあるからだろう。イミグレーションは、働いても儲かるわけではないから(ワイロで稼ぐことはあるのだが)、役人は仕事をしない。どこの国でも、観光局や観光庁は軍や警察はもちろん法務や税務に比べれても弱小官庁なので、空港でさえ旅行者よりも「役人が大事」なのである。世界の各政府に告ぐ。観光客誘致に力を入れようとするなら、まずイミグレーションブース前の長蛇の列をなんとかしなさい。出入国審査が厳しいかどうかという問題と、係官が少なくブースに人がいないという問題はまったく別なのだ。
 タイに入国して、チェンライへの乗り換えの手続きをして、やっと遅い昼食。空港の食事は高くてまずいから、いやなのだがしょうがない。空港のタイ料理は、値段と質の両方で、街の飯屋との差が激しいので、パンを食べることにした。Subwayのサンドイッチ。具が多いが、うまくはない。
 バンコクの街に入らず、空港で乗り換えてチェンライに行こうと考えた理由はふたつある。まず、バンコクの街に入りたくなかったからだ。いったん街に入ると、脱出するのが面倒になる。鉄道やバスや飛行機の切符を手配して、駅やバスターミナルに出かけるのは面倒だから、スワナプーム空港から飛んでしまおうと思ったのだ。数年前にマレーシアからタイに飛んできた時も、バンコクの雑踏を想像するとうんざりしてきて、ドンムアン空港で安い国内便を探し、その場で航空券を買い、チェンマイに飛んだことがあった。バンコクは蟻地獄だから、はまるとなかなか抜け出せなくなる。今回も、できるだけバンコクにいないようにしようと思った。バンコクにあまり魅力がないからであり、タイの地方都市をしばらく旅していないので、この機会にちょっと地方旅行をしてみようと思ったのである。
 それと同時に、東南アジアのバゲット(フランスパン)を求めて歩こうかという思惑も頭にあった。だから、ノーンカーイなど、ベトナム文化の影響を受けたタイ東北部の街に飛ぼうと考えたのだが、スワナプーム空港発の格安便はチェンマイやチェンライなど北部にしか飛んでいない。数年前にチェンマイには行ったから、10年以上行っていないチェンライに行ってみようかと考えたのである。そこで、タイ北部のチェンライから、各地を転々としながらバンコクまで南下するというのが、今回の旅の後半の思いつきである。
 チェンライには何度も来ているが、飛行機で入るのは初めてだ。空港は新しいが、もう夜も遅いので、周囲は暗闇しか見えない。どこかに連れ込まれて殺されても、何年も発見されないような荒野にいるような気がした。街も暗かった。街に向かうタクシーから雲南料理の看板が見えた。好奇心がそそられる。先ほど乗ったバンコクエアーのひどくまずい北タイ料理の機内食(もち米飯、鶏肉のラープ、ゆでた野菜)を食べてしまったことを後悔した。手をつけなければ、この時間でもまだやっている食堂を探す楽しみができたのに。
 チェンライはちょっとこぎれいになっている。街中央の時計塔は以前もあったかどうかの記憶がない。驚いたのは、装飾された時計塔があったことではなく、その時計の針が正確な時刻を示していることだった。椎名誠風に言えば、「もう昔のチェンライじゃないぜ。なめんなよ!」といばっているようだった。