809話 インドシナ・思いつき散歩  第58回


 MSG


 前回書いた『アリ卵スープ』のページを久しぶりにめくっていたら、ちょっと気になるイラストがあって、確認したくなった。よく見たら、ああ、やっぱり私の観察は正しいのだとわかった。
 17ページに、ビエンチャンの麺料理店のテーブルにのっている物を紹介するイラストがある。まず、もっとも左にあるのは、原文で”Loo Roll Napkin Dispenser”。これで、イギリス人の英語だとわかる。日本語のニュアンスでいえば、toiletが「便所」だとすれば、looはイギリスでは「トイレ」といったニュアンスか。Loo Rollは「トイレットペーパー」のこと。プラスチックの円筒ケース(Dispenser)に入れて、卓上にあるトイレットペーパーは、ナプキンとして使う。これはタイでもおなじみ。初めてタイに来た人は、テーブルにトイレットパーパーがあるのに驚くらしい。タイのトイレでは紙を使わず水で処理するから、トイレットパーパーは食卓で使うのが普通ということになる。私のあやふやか記憶では、ロール紙が食卓に登場するのは1980年代辺りからのような気がする。
 さて、ここから先は、イラストで描かれたラオスの食堂の卓上の物をどんどん紹介する。
 揚げたニンニク。ライム。箸。チリソース。「私が飲んだビア・ラオ(ラオスのビール)。”Seasoning Sauce”というのは、醤油風調味料とでもいえばいいか。醤油に砂糖や塩を加えた調味料で、タイでは「プーカオトン」ブランドが有名。スイスで作られた”maggi seasoning sauce”も、日本以外では有名。魚醤油。つまようじ。塩。タイでよく見る4種調味料入れのイラスト。たとえば、このブログで紹介している、コレ。
http://sure16.blog.fc2.com/blog-entry-184.html
 調味料セットに入っているのは、砂糖、カピ(エビみそ)、生トウガラシ、そしてMSG。
 MSG(Monosodium glutamate)というのは、グルタミン酸ナトリウム化学調味料、うま味調味料などと呼ばれているもので、味の素以外にもいくつかの国で、いくつもの製品を作っている。
 食堂のテーブルで初めてMSGと出会ったのは、もう20年ほど前になるだろう。ビエンチャン郊外の食堂だった。テーブルにある小さな容器に入っている物体に興味がわいた。塩や砂糖にしては結晶が目立つので、なめてみたらMSGだとわかった。砂糖や塩のように安いものではないから、「ご自由にどうぞ」という方式だとすぐなくなるような気がしたが、牛丼屋の紅ショウガのように置いてあるが、大量に使うという客がいないから置いておけるのだろうが、「もっとMSGを」という客もいるから、こういうシステムができているのだろうと思った。
 タイでは、MSGをテーブルにのせている店を見たことがないが、東北部の麺の専門店では、カピ(エビ味噌)がテーブルにのっていることがある。山盛りの生野菜がテーブルにあるというのも、バンコクなどの食堂と違うところだ。
 2007年のルアンパバンでは、食堂も屋台もほとんどなかったので、テーブルの調味料事態観察する機会はあまりなかったのだが、今回の旅では屋台を見つた。ラオスで「カオ・ソイ」と呼ぶ麺料理は、タイにある同じ名の料理とはまったく違い、ベトナムのフォーに近い。米の麺を使った透明スープの料理だ。テーブルの調味料を眺めると、光る結晶の粉が入った容器があり、なめてみればMSG。ここも同じか。20年前のビエンチャンの体験は特殊なものではなかったのだと思っていたところに、『アリ卵スープ』のイラストを見て、「やはり、これはラオスの標準か」とわかったというわけだ。
 そういえば、ハノイの洋食屋の朝飯を思い出した。パンと目玉焼きとコーヒーのセットを注文した。卓上の調味料は、塩コショーのビンだろうと思い、目玉焼きに振りかけたら、光る結晶が見えた。なめると、結晶の正体がわかった。Salt&pepper&MSGだ。これが既製品なのか、それとも店で作ったものなのかは不明。こうなると、カンボジアのMSG事情も知りたくなる。タイのように、調理場にあるだけか、それとも食卓に登場するのか、どちらだろうか。そういえば、日本でも半世紀前は食卓にもあった。