940話 イベリア紀行 2016・秋 第65回

 生ハムの正体

 「生ハム」という語はよく耳にするが、実はどういうものか、よく知らない。スペインを旅しても、余計にわからなくなった。そこで、これを機会にちょっと調べることにした。
 ハムやソーセージの専門書でも、「スペインの」と限定すると、資料は多くない。すぐに手に入った『イベリコ豚を買いに』(野地秩嘉小学館文庫、2016)と、『イベリコ豚の秘密とスペインの生ハム』(渡邉直人、文芸社、2011)を頼りに読み解いていく。
 ハムは、英語のHamもスペイン語のJamon(ハモン、以下アクセント記号省略)も、もともとの意味は「腿肉」だ。ハムを大別すると、加熱したものと非加熱のものがあり、日本で通常「ハム」と呼ばれているものは、製品によって違いがあるが、塩漬けした腿肉を燻煙してから茹でている。
 生ハムというのは、腿肉を塩や調味液につけた肉を乾燥させたもののほか、低温で燻煙したものもいう。法律上の名前は、非加熱食肉製品という。燻製しない生ハムは、あとで触れるスペインやイタリアの生ハムで、燻製した骨のない生ハムはラックスハムという。日本農林規格では、ラックスハムとは、「豚の肩肉、ロース肉又はもも肉を整形し、塩漬し、ケーシング等で包装した後、低温でくん煙し、又はくん煙しないで乾燥したもの」である。ケーシングとは、本来はソーセージのようにひき肉などを腸に詰めることだったが、塊の肉を網で包むこともいう。
 まったくもって、ややこしい話だ。日本の法律で定めた「ラックスハム」という名称は、いったい何語なのだ。rachsはドイツ語で鮭のことでhamは英語。鮭ハムという意味ではなく、日本人が「鮭のような色をしたハム」という意味にした造語だ。ドイツ語で生ハムは、”lachsschinken”や”roher schinken”(直訳で、生ハム)という。
 英語で「生ハム」はどういうのか。直訳して“raw ham”かと思い調べると、その証拠は見つかった。そういう表現もあるのだ。
http://www.123rf.com/photo_14088147_raw-ham-cut-with-a-knife-by-a-deft-deli.html
 引き続き調べると、”Dry-CuredHam”(塩乾ハム)という語もある。たぶん、「生ハム」を意味する英単語はないようで、説明語になるか、メニューなどでは”Prosciutto “というイタリア語を使うようだが、この語はハムという意味だ。生ハムは正しいイタリア語なら“Prosciutto crudo”という。ちなみに、スペイン語なら生ハムの総称は、Jamon curado”という。つまり、英語では、イタリア語のハムの総称を生ハムの意味で使っているというわけだ。もう一度整理すると、骨のない豚肉を塩漬けしてから燻煙加工したのが、ドイツ式生ハムで、骨付きの豚もも肉を塩漬けして、乾燥させたものがイタリアやスペインの生ハムということらしい。そして、日本で売っている日本製の生ハムはこのドイツ式生ハムがほとんどなので、水分が多く、柔らかくて、私の好みに合わなかったというわけだ。このあたりのことが整理できなくて、手間取ってしまったのだ。
 スペインでも、日常的に食べられているのは、値段の安い加熱ハムだと思う。バルのメニューを見ていたら、”Jamon Natural”というのがあって、これが生ハムの総称かと思ったのだが、調べてみると、これはどうやら「無添加のハム」という意味で、加熱ハムでも生ハムでも構わない。
 スペインでは、生ハムは通常Jamon Serranoと言うことが多い。「山のハム」という意味だ。6か月から36か月、あるいはそれ以上の長期間、風に当てるようだ。長期保存した方が、当然高くなる。Jamon Iberico(イベリコ豚の生ハム)という名もしばしば耳にし、目にもする。「ドングリで育てた」と日本のマスコミが、おそらく意識的に誤報を流した豚だ。「イベリコ豚」と定義される豚のなかで、出荷前にドングリの林で「放牧」する豚はあるが、ドングリだけで育てている豚は、多分ない。
 「イベリコ豚」の定義を定め、外国人に大々的に「イベリコ豚の生ハム」を売り出すようになるのは、1990年代からだ。日本の普通のスーパーマーケットで生ハムが売られるようになったのも、そのころからだろうか想像した。根拠のない想像だから、統計資料で確認すると、日本での生ハム生産量が急増するのがやはり1990年代で、2000年には1993年の4倍以上になる(日本ハム・ソーセージ工業協同組合などの資料)。
 スペイン産の生ハムの輸入が解禁されるのは1999年で、本格的に輸入されるのは2000年から。イタリア産も輸入しているが、数量・金額ともに、スペイン産が圧倒的に多い。
 楽天のまわし者ではないが、日本での価格を紹介する。スライスした製品は、「お得用」で100g当たり632円。もっとも高価製品では、100gあたり5300円する。
http://item.rakuten.co.jp/hi-syokuzaishitu/c/0000000227/

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 右が、ハモン・イベリコをのせたパン。左はサーモンに酢漬けのトウガラシのせ。どちらも、1個2.20ユーロ。サン・ミゲル市場。