1055話 イタリアの散歩者 第11話

 ナポリ、狂乱の夜 その3

 ピザを食べ終えて、ブリンディッシの通りに出ると、もうすっかり夜だった。地方都市の静かな夜だったが、突然、暴走族の大集会のような騒ぎになった。何がなんだか、わからない。オートバイや自動車がクラクションを鳴らしながら、エンジン音を轟かせている。箱乗りの若者が国旗を振っている。何かの抗議行動でもなさそうだが、とにかくすべての道路が暴走族の大行進なのである。
 「いったい、何なんですか、これは?」
 近くにいた若者に聞いた。
 「イタリア,勝った!」
 スポーツのことらしいが、あらゆるスポーツにまったく興味のない私には、何のスポーツであれ関心はない。嫌な時に来てしまったものだと思いつつ、夜行列車に乗ってローマに向かった。
 ローマに着いて数日後、夕方にまた暴走族の大集会があった。歩道にいた若者に詳しい話を聞くと、サッカーの試合があって、イタリアが決勝に進んだのだと自慢げに説明してくれた。サッカーのことなど、私にはどうでもいい話だった。だから、静かな夜のために、イタリアは決勝で負けてくれるといいがなと思ったが、もちろん口には出さない。のちに、インターネットの時代になって、その頃のイタリアとサッカーのことを調べてみた。
 1982年にスペインでサッカーのワールドカップが開催されていた。イタリアは準決勝でポーランドと戦い、2対0で勝って決勝に進んだ。決勝進出が決まったその夜に、私はローマにいたというわけだ。それが、私が体験したローマの夜のどんちゃん騒ぎだった。
 ついでに雑談をする。映画「ローマの休日」の原題は”Holiday in Roma”ではなく、”Roman Holiday”である。つまり、「ローマの休日」ではなく、「ローマ風休日」である。その意味は、「他人を苦しめて得る娯楽;大衆の前での乱暴狼藉。古代ローマで奴隷を戦わせて楽しんだことに由来」(ジーニアス英和大辞典、オックスフォード英語辞典もまったく同じ説明)。
 もうひとつ無駄話をすると、安室奈美恵の「Can You Celebrate?」について、ピーター・バラカンは、「そんな英語はないから、意味が分からない。しいて意味を想像すると、『バカ騒ぎしてもいい?』かな」と語っていた。英語風の歌詞なら、日本人は格好いいと思うから、音楽業界ではOKなんでしょう。バカ話の話題でした。
 そういえば、この文章を書いている今思い出したのだが、カイロでも住宅地でしばしば歓声を聞いたのだが、あれはサッカーの中継を見ていたのだろうか。予選を見ていたのだろうか。とにかく、そういう夏だった。
 「そういう経過で、私は35年前に、バカ騒ぎのローマから、このナポリに来たんですよ」
 リビアさんは黙って私の話を聞いている。
 多分ナポリでの最初の日だったのだろう、夕食を食べたあとの散歩だったと思うが、歩道に人なく、道路に車なく、見渡す限り、人は私ひとりしかいない。人類が消えた街を歩いているようなものだった。その夜、イタリアでテレビを見ていないのは私ひとりだけだったかもしれない。深夜や早朝だって、車は走っている。ところが今は、動くものが何もないのだ。もしかして、今夜が決勝か? その静けさは、不気味だった。
 突然、街に歓声が轟いた。5分後には、家から車とオートバイが次々と出てきて、街は暴走族の超特大集会場になった。クラクションを鳴らし続け、エンジンをふかし、歓声をあげ、国旗を振っている。
 今、資料を読むと、その夜、イタリアは西ドイツと対戦して、3対1で勝利したらしい。ワールドカップで、イタリアは1934年と,1938年に連続して優勝しているが、それ以来44年ぶりの優勝だった。
 「その夜が、ナポリの思い出なんですよ。まあ、相当な狂乱でしたよ。想像できるでしょ」
 「私はまだ小さかったけれど、その夜から数日間、大騒ぎだったということは覚えてますよ」
 リビアさんはコーヒーのお代わりを注いでくれた。



 この建物は、元映画館だろうか。今は、レストランやバールになっている。内部をちゃんと調査しておけばよかったと、この写真を見て思う。