1153話 桜3月大阪散歩2018 第7回


 ある1日、大正区の散歩から その4


 歩くという意味での散歩は、区役所裏の昭和山で終えて、バス旅にしようと思った。後からわかったのだが、もう少し南に歩き、平尾商店街に行くと、リトル沖縄になるそうだが、この時はそんなことは知らなかった。取材目的なら、あらかじめきっちり調べておくし、一般人でもその場でスマホで検索というのはやるだろうが、私はそういうタイプの旅行者ではない。行き当たりばったりでいいのだ。先のことをあまり知らない自由というのもあるのだ。
 区役所前のバス停の路線図を前にして、昨年買った『ハンディマップル 大阪詳細便利地図』(昭文社)と時刻表を眺めて、どこに行くか考えた。終点が住之江の路線は、途中ループ橋を通る。よし、またこのルートにしよう。木津川にかかる千本松大橋は別名めがね橋と呼ばれるループ橋だ。普通の橋を架けてしまうと、大きな船が通れなくなるから、橋桁を高くして、その高い橋桁までループの道を登っていくようになっている。同じような橋は、伊豆の河津七滝ループ橋ほかいくつもある。いままで何か所かのループ橋を渡っているが、橋の写真を撮るためには、橋のたもとでバスを降りて撮影し、次のバスを待たないといけないから、全体像を実際に見たことがない。鉄道マニアでいう、乗り鉄撮り鉄の両方をひとりでやろうとすると、えらく手間がかかるのと同じだ。私は撮影のためにバスを降りるのは面倒なので、このまま乗り続けることにした。
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 ループ橋の一端。やはり、バスの窓からだとこういう写真しか撮れない。

 私が乗ったバスの終点に見覚えがあった。前回の市バスの旅も、ここが終点だった。この場所、大阪シティーバス住之江営業所をよく覚えている。前回は北浜あたりからここにきて、ここから始まる新たなバス旅ルートを探したが見つからず、やむなく同じルートで梅田方面に戻ったのだ。10年ほど前のこのバスターミナルで、奇妙なものを食べたのも覚えている。食堂の壁に料理名を書いた紙が何枚か貼ってあり、そのなかにまったく知らない料理があった。「ガパオライス」。そんなものを知らないから、試しに注文してみた。
 しばらくして目の前に現れたものは、もしかするとタイ料理のつもりかもしれないと思われる料理で、たぶん「ガパオ」は、バイカプラオと言いたいのかもしれないと解明できた。この料理は、長い名前で言えば、豚肉を使ったものなら、「パット・バイカプラオ・ムー・ラッタ・カーオ・カイダーオ・ドゥエイ」となる。ラッタ・カーオというのは、「ご飯にのせて」という意味だが、屋台や食堂ではご飯にのせるのが当たり前なので、この表現は省略する。高級レストランなら一品料理として皿に盛って出てくるので、ご飯にはのせないという違いがある。カイダーオは直訳すれば「星タマゴ」で、目玉焼きのこと。カイダーオ・ドゥエイで、「目玉焼きもつけてね」の意味になる。屋台などでは、店によっては目玉焼きは別注文だ。
 パットは「炒める」で、これも通常は省略して、屋台や食堂の客は「バイカプラオ・ムー」などと注文する。鶏肉を使えば、「バイカプラオ・カイ」と注文する。バイは葉のこと。カプラオ(シソ科、和名カミメボウキ。学名Ocimum tenuiflorum)というのはタイのバジル。肉とバイカプラオを濃い味で炒めた辛い料理は、タイの食堂の料理としてはもっともポピュラーだといっていい。駅弁にも、この料理がある。タイカレーは仕込みに時間がかかるが、このバイカプラオ炒めは、すぐにできる。
この植物名krapaoのkraのようにLとRを含む子音が重なると、アナウンサーはきちんと発音するが、通常の会話ではLとRは落として発音することが多い。krapaoクラパオが、くだけた発音ではkapaoカパオになるのである。このときのK音は、タンを吐くときのようなノドから出す音なので、別のK音と区別するために、G音で表記したがる人もいる。だから、カパオをガパオにしてしまったということだ。
 このバスターミナルの「ガパオライス」という名の料理の感想は、「なんじゃ、これ」とだけコメントしておこう。だから私は、タイ以外ではタイ料理は食べないのだ。
 もう10年も前から、バスターミナルの食堂にもこんなタイ料理もどきがあったことに驚いた。この料理は、誰がいつから、どのように日本で広めたのだろうかが気になる。

 大正区散歩の昼飯は、当然沖縄料理だと考えていたのだが、大正駅から区役所までの散歩ではこの店しか見つからず、「ここじゃなあ・・・」というわけで、空腹のまま、まだ旅は続く。