1413話 食文化の壁 第11回

 接触と衛生感覚

 

 新型コロナ感染により、興味深いニュースを知った。韓国では、親愛の情を示すひとつの方法として、食事中に自分の箸でつまんだおかずを相手の茶碗にのせるという行為がある。主に親が子供にしてあげる愛情表現なのだが、「感染の恐れあり」ということで、この習慣をやめようという動きがあるという。感染症が話題にならない時なら、家庭内だけの行為は、外国人にとっては「ご自由にどうぞ」ということなのだが、自分が客人の立場になって、ホストからの親愛の情を示す行為として、自分が使っている箸で料理をつままれて茶碗に乗せられたら、潔癖症ではなくても、「・・・・」とうろたえるだろう。

 母が子供におかずを取ってあげる行為、その子供が例え還暦を過ぎていても、母の深い愛情を示す美しき伝統なのだと主張する人がいるが、それは韓国の食習慣を知らない者の想像でしかない。こうあってほしいという願望を、事実として解説しているのだ。

 韓国というより朝鮮と言った方がいいのだろうが、そこそこの家庭では食事は銘々膳を使う。そして、これは日本の武士や商家と同じなのだが、男と女はおなじ部屋で食事をしない。主人と長男はいっしょに食べても、いわゆる「女子供」は台所近くでそそくさと食事をする。だから、母が幼児に食べさせてやるということはあっても、今日のように家族がいっしょに食事をすることはなかった。だから、親がおかずを取って、子の茶碗にのせてやるという行為は、伝統的とは言えないのだ。日本でも韓国でも、「家族団欒の食事」など100年の歴史もない。

 料理を自分の箸で取ってあげるという行為は中国から伝わったものだろう。調べてれば、現在の中国でも、この「直箸」が変革期に入っているという報道がある。

https://withnews.jp/article/f0200419000qq000000000000000W02311101qq000020926A

 皿や鍋の料理を、何人かで食べる。そのとき、取り箸(あるいはサジ)を使い、取り皿に取る。鍋の汁と具を小鉢に取るという行為が、中国人や韓国人はなじめない。親愛の情がないということなのだろうし、衛生観念の違いもあるだろう。日本人だって、すき焼きを取り箸で自分の小鉢に運ぶか? などと考えると、個人差と共に、食事をする人間の関係の深さにもよるだろう。家族や非常に親しい友人ならいいが、親しくもない職場の同僚と直箸の食事は嫌だということもあるだろう。

 多くの日本人を驚愕させたのが、鍋料理を食べている終盤、それぞれの小鉢の汁を鍋に戻し、うどんや飯を入れてシメにするという、博多華丸ら九州人の発言だ。以下、その情報をあげておく。

https://matome.naver.jp/odai/2147999172467801201

https://www.danshihack.com/2019/11/21/junp/nabe-soup.html

 大学の講師時代、ケニアの食文化をレポートテーマにしたことがある。提出されたレポートに、こういうものがあった。「食べ物を手づかみで食べるなんて信じられない。そんなこと、絶対無理。私が箸の使い方を教えて、ケニアとの親善に努めたい」

 実は、この手のレポートは珍しいものではない。手食のほか、床に食器を置いて食べるのがイヤ、母親以外の人が作った料理が食べられないといった「潔癖症告白レポート」が結構あった。

 つまり、衛生の壁というのが外国と日本の壁だけでなく、日本の地域の壁であったり、個人の壁である強迫性障害(不潔恐怖)という例もあるから、衛生の壁は複雑なのだ。