1416話 それでもなりたい公務員?

 

 この「ご時世」だから、今後確実に変わっていくことがいくつもあると思う。決して大げさではなく、仕事のやり方やマスコミ事業にしても、変わっていくことは百でも二百でもあると思う。すぐにでも思い浮かぶのは、日本はいままでよりもいっそう「抗菌社会」になり、潔癖症優位社会になるだろうということだ。いつもバッグに消毒薬ほか抗菌グッズが入っているのは常識という人が増えるだろう。「清潔で、何がいけないんですか?」と言われそうだが、隔離病棟みたいな社会を日常として暮らしたくない。

 仕事では、公務員志願者が増えるような気がする。公務員を父に持つ大学生は、卒業までカネの心配がないが、自営業の父を持つ大学生は退学を考えなくてはいけないという例などいくらでもあり、「公務員でよかった」と思っている人は多いだろう。となれば、今まで以上に高校生や大学生は、「将来は公務員」となっても不思議ではない。

 ひと昔前、ある公務員と親しくしていたことがある。彼が高校生の時に父が急死し、母や弟の生活を考えて大学進学をあきらめて、堅実な公務員生活に入った。定年直後に会った時、これまでの温厚な会話口調とは打って変わって、「ああ、すっきりした。仕事を辞めて、せいせいしたよ」と言った。小説のありふれた表現を借りれば、「吐き捨てるように言った」という口調だった。

 「公務員てさあ、目立っちゃいけないんだよ。自分の意見なんて決して言わない。『はい、皆さまと同じで・・』と言っていないといけない。毎日頭を低く構え、風が当たらないようにして耐えていないといけない。そういう苦しい生活が、やっと終わったんだよ」

 こういう実例がある。

 だいぶ前のこと、テレビの「情熱大陸」を見ていたら、知り合いが登場したのでびっくりした。詳しく書くとわかってしまうから、ある公務員が組織改革の立役者として番組で取り上げられたとだけ書いておく。

放送から数か月たって、彼に会った。放送直後から大変な目にあったというのだ。職場にテレビ取材クルーが入るのだから、当然、各所の許可を得て、長期取材を行なった。放送は、組織の宣伝になればいいと、上層部は考えたようだ。

 そして、放送。翌日の職場。彼が職場に入ると、同僚が、わざと聞こえるように、いう。

 「もう、えらい先生といっしょに飯なんか食えないなあ。そんな失礼なことはできませんよ、有名な大先生なんですから」

 「我々下々の者とは、直接話もしないんじゃない? 住む世界が違うからねえ」」

 そして、誰も彼と話をしなくなった。それでは仕事にならないので、上司に呼び出された。業務遂行のために、皆に謝れというのだ。大事な仕事があるので、彼は渋々受け入れた。全職員の前に立たされた。

 「目立ったことをして、申し訳ありません。皆さまに謝罪いたします」と言って、頭を下げた。

 「それが、公務員なのさ」と、彼は私に言った。私企業だって同じことがありそうだが、どういうものであれ、組織を知らない私には、それだけで幸せな境遇だと思う。しかし、組織に属さない者は、この「ご時世」のようなことになると弱いのだ。組織から支払われる月給には、慰謝料が含まれているようだ。