手かスプーンか その2
日本でスプーンが普及したのは、カレーライスが広まったからだ。時代的には、関東大震災(1923)のあと、1930年代にカレー粉が広く販売されるようになってカレーライスが家庭の料理になる中で、家庭の食具にスプーンが加わった。そんなことを思い出したのは、ビリヤニにスプーンがつくことが多いのは、インド人にとってビリヤニは、日本人にとってもカレーライスのように、「外国の食べ物」という意識があるのではないか。「ビリヤニやプラオは外国料理だから、スプーンを使うことに抵抗はあまりないのだろう」というのが、私の仮説だ。
私は最初、スプーンでインド料理を食べるインド人は、西洋で教育を受けた上流階級の人たちや、外国にあこがれている小金を持った若者だろうと推察していた。実際、大金持ちの大結婚式の食事風景を動画で見たら、やはりスプーンが大活躍していた。しかし、それよりも、もしかすると、路上で立ち食いする労働者たちの方がスプーンの愛用者ではないかという気もする。ただし、スプーンやフォークは外食用で、自宅では手食が普通だろう。
これまで長々と、インド食文化の話をしてきたが、重要な資料は、やはり動画だった。匿名のインタネットサイトの情報は、お話にならないものが多い。
上の文章を書いてから、インドの食事風景の動画を見るのが日課となるほど楽しんでいると、おもしろい動画をまた見つけた。その話に入る前に手食の条件を書いておこう。
■ナイフを使わないと切れないような料理はテーブルに出てこない。これは箸の文化圏と同じだ。食材はあらかじめ小さく切ってあるか、指でほごせるように柔らかく煮込んである。
■指ではつかめないような熱い料理は、手食文化にはない。料理の温度は、人肌以下だ。だから、炊き立てのご飯は食べない。
■指では食べにくい汁物は、基本的にない。汁のある料理は飯に吸わせて食べる。だから、インド亜大陸には、東アジアやヨーロッパにあるような熱々のスープを飲む文化はない。そう思っていた。
上記3点が、手食文化圏の原則だと思っていたが、インド人がチリレンゲでスープを飲んでいる動画を見つけた。チリレンゲの使用は、中国や台湾などよりも、マレーシアやシンガポールの影響だろうと思う。新しい食べ物が誕生すると、新しい食べ方が生まれる。
汁物で熱いのがダメなら、日本のラーメンのような料理は受け入れられないことになる。麺と東南アジアの関係で言えば、中国から入ってきた麺は、中国人だけが食べる料理だったが、麺という都市の食文化が非中国系にも広まることで、新しい食べ方が生まれた。タイを中心にしたインドシナ半島では、都市部では箸の使用が広がった。タイでは汁麺を食べるときは箸を使うから、農村から都市に出てきたばかりの若者は、まだ箸をうまく使えない。焼きそばや和えそばのように汁がない麺料理は、スプーンとフォークで食べたり、チリレンゲで食べたりする。しかし、そういう麺料理を買ってきて自宅で食べる場合は、手食することもある。
マレーシアでは、中国系は麺を箸で食べるが、マレー人やインド人はフォークなどを使う。インドネシアは手食する人の比率はインドシナ半島よりも多く、インドネシア式のラーメンライスというのもある。ゆでたインスタント麺をほかのおかずとともに、皿に盛った飯にのせることがある。麺の味付けはトウガラシ調味料のサンバルだ。
さて、インドではインスタントラーメンをどう食べるのか。maggi(スイスの食品会社ネスレのブランド)のインスタントラーメンを売っていることは知っているが、どうやって料理して、どうやって食べるのだろうか。食べている動画は見つからないが、作っている動画はいくらでもある。例えば、これともうひとつ。
違う店だが共通しているのは、チーズとマヨネーズと(たぶん)ケチャップを加えて煮込み、水分を麺に吸わせて、日本のスパゲティー・ナポリタンのようにしている。汁が多いと食べにくいのだ。そして、フォークで食べていることがわかる。インドの北部は伝統的にチーズを使う地域だが、この動画で見るようなチーズの使い方はイタリア的と言おうか、最近の韓国のようだと言えばいいのか、明らかに外国の影響だ。