1076話 イタリアの散歩者 第32話

 「イタリア料理」は新しい 〜ピザとスパゲティの話 その9
    ピザとスパゲティの食べ方

 ピザの食べ方はすでにしたが、改めてもう一度しておこう。
 私の見た範囲でいえば、中級以上の店では、ピザをナイフとフォークで食べる人が多いが、「手で食べてはいけない」という決まりはないだろう。アメリカ人をはじめ、アジア人も手で食べたがるから、「これが正しい食べ方」などといっても、もうどうにもならない。元々は労働者などの安価な食べ物だし、1980年代あたりにピザを初めて食べたというイタリア人がいくらでもいるのだから、「ピザの伝統的な食べ方」などと言っても、説得力はない。
 一般的に、ヨーロッパでは北に行くほど、食べ物に手を触れずにナイフとフォークで食べたがる。北欧では、サンドイッチもナイフとフォークで食べたがる。イタリアでも、北部に行くほどナイフとフォークを使いたがるのか、貧富の差で違いはあるかというのは興味深いテーマだ。
 ファーストフード店のピザは、ナイフもフォークもつかないから、当然手に持って食べる。ということは、数でいえば、イタリアでもピザを手に持って食べている人の方が多いということになる。
 次はスパゲティの食べ方。
 本や雑誌やインターネットで、「スパゲティの正しい食べ方」という文章がよく載っているが、そういう記述を私は信じない。韓国の食事の仕方を調べていると、韓国人や韓国の専門家とかいう人たちが書いていることは、ことごとくデタラメだという事実をよく知っている。彼らは事実を調べずに書いているからだ。このことは、すでにこのアジア雑語林で何度も書いている。
 自称「イタリアに詳しい」という人たちは、「イタリア人はスパゲティを食べるときに、スプーンは使わない」とか「アメリカ人と子どもはスプーンを使うこともある」などと書いている。ところが、違うのだ。
 イタリアで、スパゲティはどのように食べるのかという調査は、実は難しい。レストランで実際に食べている人が、イタリア人とは限らないからだ。確実にイタリア人が食べているとわかるシーンは、テレビ番組の方がよくわかる。大変参考になるのは、「あなたの知らないイタリアへ」(BS―TBS)だ。この番組は、イタリア人職人の仕事の紹介が前半、後半はその職人の行きつけの店の、お気に入りの料理の紹介だ。その料理を作るシーンと食べるシーンがあるので、調理と食べ方の両方で参考になる。調理では、「イタリアでは料理に砂糖は絶対に使わない」などと言う人がいるが、実際は使っているシーンを見ることができる。
 食べ方も実に興味深い。イタリア人が、フォークとスプーンでスパゲティを食ベているシーンがあった。「ほらね、スプーンを使うことがあるでしょ」といいたい気分だった。ローマで見たのと同じ食べ方をしているシーンがあった。右手にフォーク、左手にナイフを持って食べている。スプーンで食べるときと同じように、ナイフの先でフォークを回す。
 こういう食べ方をする理由はある。ひき肉のスパゲティのようなものなら、フォークだけで食べられるが、肉や野菜や魚貝類が固まりで入っているスパゲティは、ナイフで切りながら食べることになる。これを普通の食事と同じように、右手にナイフ、左手にフォークだと、肉を切る時はいいが、スパゲティを食べるときに左手のフォークで巻き付けないといけなくなる。これは右利きには難しい。だからといって、いちいちフォークを右手に持ち替えてスパゲティを食べるというのは面倒で、全部切ってからフォークだけで食べるという方法もあるが、ヨーロッパ人はあまりやりたがらない。
 こうなると、左手にナイフを持った方が食べやすいというという場合もある。というわけで、ナイフをスプーンのように使う人がいるといわけだ。フォークだけで食べるにしても、「巻いて食べる」には技術が必要で、なかなかに難しいという英語の書き込みを、インターネットで読んだ。”How to eat Spaghetti”でネット検索(ユーチューブも含めて)すると、なかなかにおもしろい情報が見つかる。
ちなみに、観察の名人、林丈二が書いた『イタリア歩けば・・・』(講談社文庫、2001)には、北イタリアのパドバ(Padova)の食堂でスパゲティの食べ方を観察している。以下、その3点を引用する。
 ①フォークとスプーンの両方を使う人が多い。
 ②フォークでクルクル巻かず、すくって食べるおばあさん。
 ③もう少しシャッキとして食べるのかと思ったら、皿に口をつけて日本人のようにズルズル食べる人もいる。
 「フォークだけで食べるのが、スパゲティの正しい食べ方だ」と解説する自称イタリア通は、「こう食べるべきというマナー」の受け売りを、あたかも現実であるかのように書いているだけのことだ。例えて言えば、日本料理に興味がある外国人が本を読んで、「日本料理の正しい食べ方」を受け売りで解説しているようなものだ。日本人が食べている姿を実際に観察すれば、本で解説している「正しい箸の持ち方」ができる日本人が半分いるかどうかという現実に出会う。日本人のほとんどは、小笠原流の食事作法とは無縁なのだ。同じように、韓国人の食事の仕方についてでも、自称韓国通が、「韓国人は決して飯茶碗を持たずに、スプーンでご飯をすくって食べる」などと書いているのだが、実際に観察すれば、茶碗を手に持って食べる人はいるし、箸で飯をすくって食べる人などいくらでもいる。イタリア人が皆、貴族の晩餐会のテーブルマナーで食事をしているわけではないのだ。
 林丈二のように、よく観察すればわかることなのに、自分で調べずに受け売りを繰り返す人が多すぎる。
 マナーと現実を混同してはいけない。自分で調べない人が多すぎる。


 ピザの話のところで紹介するのを忘れてしまったので、この写真をここで載せる。パレルモで、トラックで売り歩くピザ屋を見つけたので撮影しておいたのだが、資料によればシチリアだけにあるものらしい。アメリカなら、いくらでもある商売形態だろ思うのだが。