1759話 アメリカ・バス旅行1980 その6

 バスに食べ物や飲み物の持ち込みが禁止されていたとは思えないのだが、少なくとも私は何も持っていなかった。いまなら、ペットボトル入りの水が常にバッグに入っていると思うのだが、あのころは小さな子供を連れた親でもなければ、アメリカ人は水を持って移動することはなかったと思う。ペットボトル入りの水はまだなかったかもしれない。

スープ

 バスは早朝5時前にターミナルに着き、1時間ほどの休憩になった。近くの席の男を誘ってカフェテリアに行った。腹は減っていないが、ちょっと寒く、ノドが乾いているので、暖かいスープを買ってテーブルに置いた。コーヒーとタマゴ料理を食べている男が言った。

 「えっ、スープ? 朝飯に、スープ?」

 「おかしい?」

 「変だよ、今、朝飯だよ。スープは夕飯だろ」

 アメリカ人に限らず、欧米人には「朝飯にスープは変」という感覚があるのかもしれないが、「朝飯に味噌汁」という習慣がある日本人には違和感はまったくないだろう。

 サンフランシスコにいたとき、朝飯を食べに、宿のそばにある食堂に行った。メニューを見るとスープがあるので、注文してみた。カウンターの中のおばちゃんは、棚からキャンベルの缶入りスープを取り出し、電動缶切り機にセットし、グワ~ングワ~ンとふたを開け、中身をスープ椀にいれて、電子レンジに入れた。厨房に鉄板もフライパンもない。調理はすべて電子レンジでやるなら、目玉焼きはないのか、それともオーブン機能を使うのかなどという疑問が頭に湧き出すなかで、スープを口に入れた。

グラタン

 うまそうだとは思えなかったが、経済的理由でいちばん安いグラタンをカフェテリアで買った。どこかの田舎町のドライブインだ。インタビュー相手を探しながら移動していたので、わずかでも取材のネタにつながればという思いで、いろいろな人に話しかけていた。

 ひとりで食事をしている若い男がいた。「ここ、いいですか?」と話しかけると、男はにこやかに「もちろん」といった。

 とりとめのない雑談から、男はギリシャ語とギリシャ文化を研究している大学院生だと自己紹介した。

 「ギリシャ語か。まさに、It’s Greek to me.」

 のちに振り返ってみれば、これはギリシャ語を学んでいる人にとって、「耳タコあるあるジョーク」で、うんざりしただろうとは思うが、その時はそういう配慮はなかった。「それって、チンプンカンプンだ」という意味で、高校生時代に何かの本で読んで、覚えていた。

 「それ、シャークスピアに出てくる表現だね」

 大学院生は、サラリと言った。イヤミな男ではないし、無教養の私を見下した表情はまったくしていなかったが、「そこまで知っていての教養だよ」といわれているようだった。

 いつまでも“It’s Greek to me.”を覚えていたのは、ほかにも国名がついた言葉が気になって調べて、雑記帳に書き出したことがあるからだ。イギリス人にとってオランダ人は「ケチ」、フランス人は「下品、好色」というイメージのまま語句が作られた。

 オランダなら、Dutch account、Go Dutch、Dutch wifeなど。フランスなら、French letter、Excuse my French, French leaveなどいくらでもある。アメリカの俗語にgo to Denmarkというのがある。動詞のShanghaiもあるな。

          ☆

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