バルト三国やチェコを旅していて、南さんに謝らないとなと思った。南さんとは、立命館大学教授の南直人さんのことだ。
南さんはドイツ史の研究者だが、歴史の中でも食文化史の研究に力を入れている。「ドイツの食文化?」と、いままで数多くの嘲笑を受けてきたようだ。ドイツもイギリスと並んで、「うまいものなんかないだろ」と思われている国だ。ドイツには行ったことがなく、地中海地域の料理が好きな私は、南さんを嘲笑することはなかったが、疑問は口にした。
「イギリスやドイツでは、日本の昔の男のように、『食い物のことをあれこれ口にするな。理性ある者は、食い物のことなど話題にしない。生活に近い物事に関わるのは下衆なヤカラだ』というような戒めがあったのか、それとも「腹がいっぱいになれば、それでいい」と、もともと食うことにさほど関心がないのか、どっちなんでしょうねえ」などという疑問を口にしたことはある。料理目当てでイギリスやドイツに行く人はほとんどいない。外国人にとっては、食の興味に着火させない地域なのだ。ドイツ人の食に対する考えはどうなっているのか。そういう疑問がずっとあった。
バルト三国やチェコなど、ドイツの周辺国を旅していて、私の考えが間違っていたことに気がついた。世間の人たちが「美食の国」と評価しているフランスの料理は、ひとりあたり総額5万円とか8万円の高級レストランの料理ではないか。日本で言えば、料亭の料理を見事と絶賛しているようなもので、それは雑誌などで勝手にやってもらえばいいことで、貧乏人がそういう世界の判断基準でものごとを考えてはいけないのだ。
旅行中、私はその辺の食堂で食べてきたから、純然たる家庭料理は食べていないが、それほどかけ離れたものではないと思う。日本でいえば、定食屋でサバの塩焼き定食やショウガ焼き定食を食べて来たようなものだ。
バルト三国で食事をしていて、スペインを旅していたときのような感動はないのだが、それはそれとしておいしかった。ラトビアの首都リーガの市役所地下にあるカフェテリア食堂はまた行きたくなる。「超絶のうまさ」ではないが、日常の食事には全く問題がない。
タイ料理は香辛料や魚醤のように、よそ者を近づけさせない大きく高い壁があるのだが、ヨーロッパの料理はおおむねどれも食べられる。強い個性を見せるものはないが、どれも日常の食べ物として素晴らしいものだ。家庭料理は、毎食感動するものではない。テレビのグルメ番組のように、「絶品!!」の大安売りをするような料理ではない。毎日の食事を支えてくれる料理なのだ。それでいいのだし、それがいいのだ。
実は、ドイツでもどこでもいいが(イギリスは、ちょっと・・・・)、食べ物のためにひと月ほど滞在したいという欲望はある。私は、ハム、ベーコン、ソーセージの豚肉ものとチーズが大好きなのだ。全粒粉やライムギなどのパンが好きだ。アメリカの主に東部に多くあるデリカテッセンは、こういう私好みの食材を使った食べ物を扱っている店で、そこで扱う食品を短くDeli Foodsという。
アジアやアフリカで長く過ごし、来週には帰国するというヨーロッパ人に、「帰国したら、真っ先に食べたいものは?」と聞いたら、「デリフーズ」という回答が多く、そうだろうなと私も思った。ついでに、帰国直前の旅行者から聞いたほかの回答も書いておくと、「マンマの料理」と答えたのは、もちろんイタリア人。「ケーキ類」と答えた人も多かった。現在ではどうか知らないが、熱帯アジアでは、ヨーロッパ人を喜ばせるケーキはなかった。
次回は、私が好きなデリフーズの話をする。