2021話 スージーQ

 監督が崔洋一、沖縄が舞台と言うだけの情報で、「Aサインデイズ」(1989年)を見た。つまらない映画だなあと思いつつ、とにかく最後まで見て、これが『喜屋武マリーの青春』(利根川裕)が原作と知ったが、感慨はない。喜屋武マリーは、ロックバンドMarie with MEDUSAのボーカルで、テレビでその歌声を聞いたことがあるが、高い声はロックぽくなく、うまいと感じたことがない。日米のハーフだという生い立ちは話題になるが、その歌唱力が高く評価されたという噂は耳にしていない。

 だから、この映画も高い評価はないのだが、ただ1点、笑ったところがあった。喜屋武マリーと思われる役を演じるのは中川安奈。歌がへたな彼女が歌っていたのが、スージーQ。デリル・ホーキンスのオリジナルが発表されたのは1957年ということだが、世間の人が耳にしたのは、CCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)が1968年にカバーしたバージョンだ。日本でも大ヒットし、高校生の私もラジオで何度も聞いた。戦争に関連した歌ではないが、ベトナム戦争中の68年に大ヒットした歌ということで、時代の臨場感がある。

 では、なぜこのへたなスージーQで笑ったかというと、韓国映画「あなたは遠いところに」(2008年)を思い出したからだ。

 簡単に言えば、こういう話だ。時代は1970年代初め。軍人である夫が志願してベトナムに向かったのは、自分から去るためだったのかと思う妻。仲のいい夫婦ではないが、夫に会いたいという思いで、戦場慰問バンドのメンバーになってベトナムに渡った若妻の話。詳しく見ていけば、韓国軍のベトナム参戦、がんじがらめの韓国の家族制度、嫁姑の問題。そして、1970年ごろの歌謡映画という側面もあるから、当時のヒット曲が次々に登場する。ロックバンドのボーカルになった妻スニ(スエ)が歌うへたな歌が「スージーQ」なのだ。

 ざっと見れば簡単そうな筋なのだが、いろいろ引っかかる部分もあり、心に残る映画である。

 韓国映画ベトナム戦争というテーマで思い出す映画は多くない。見たことがあるのは、アン・ソンギ主演の「ホワイトバッジ」(1992)がまず頭に浮かぶ。ベトナム戦争帰還兵のPTSDを扱うから、「タクシー・ドライバー」(1976)である。ファン・ジョンミン主演の「国際市場で逢いましょう」(2015)は、トム・ハンクスの「フォレスト・ガンプ」(1994)を連想した。ネットで調べれば、「R-Point」(2004)などがあることがわかるが、見ていない。韓国人が虐殺の加害者となったベトナム戦争は、映画で語られることは少ないということだ。

 1970年代の韓国のロックシーンを描いた映画と言えば、「GO GO 70s」(2008)がある。「韓国の名作映画」といったくくりではあまり語られない映画だが、1970年代の軍政とロックがよくわかる映画だ。

 1970年代のソウルの歩道で、警官に抑え込まれた若者が、バリカンで髪を切られている光景を見たような記憶があり、あれは思い違いか、別の国の映画だったかと我が記憶に自信がなかったのだが、この映画を見て、あの光景はノンフィクションだったとわかった。

 ロックを演奏しているだけで逮捕される韓国を知ってると、「Aサインデイズ」は甘いなあという感想になってしまう。

ベトナム戦争を扱っている韓国映画「ホワイト・バッジ」は1992年制作なのだが、「ホワイト・バッジ2 戦場の青き狼たち」は1991年の製作、「ホワイト・バッジ3 戦狼の墓標」は1990年制作と、なぜか制作年が戻る。1992年の「ホワイト・バッジ」とは関係ないようだ。劇映画ではなくノンフィクションでは「記憶の戦争」(2018)がある。今回、韓国映画ベトナム戦争について調べていて、ソン・スンホンの「情愛中毒」(2014)があることも知り、予告編を見たら、すでに見ているとわかった。内容も私の趣味ではなかったから、タイトルに記憶がなかったのだ。

**『続・韓国カルチャー』(伊東順子集英社新書、2023)では、1章をさいて、韓国の映画とドラマとベトナム戦争を取り上げている。韓国ドラマ「ハノイの花嫁」(2005)については、このアジア雑語林789話(2016年)で触れている。