1838話 時代の記憶 その13 肉

 

 私と同世代なら、金持ちの子供や肉屋や飲食店の子供でもなければ、子供の頃の肉といえばクジラだった。学校給食でクジラの竜田揚げを食べたというのが私の世代が最後だろうと思っていたが、調べてみれば、地域差はあるだろうが、1970年代にはいっても給食にクジラが登場していたらしい。ということは、1960年代生まれでも、クジラ肉のクセのあるにおいを知っていることになる。

 1970年代に入り、東京、特に新宿をうろつくことが多くなった。腹が減ると、西口に行き鯨かつ定食をよく食べた。店の名を覚えていないが、ネットの資料では「太閤」という店名が出てくる。クジラが大好きだったわけではなく、貧乏人にはトンカツは高かったからだ。70年代後半に、コックをやっていたので、一定の収入があり、新宿に出た時に懐かしさもあって鯨かつ定食を食べてみたが、「こんな味だったかなあ」と思うほどまずく、「ああ、俺もぜいたくになったものだ」と思った。以後、クジラ肉は食べていない。味の違いは、もしかすると、クジラの種類が変わったからかもしれない。

 1950年代の奈良で暮らしていた頃に、牛肉を食べた記憶はある。こま切れというかくず肉のようなものを100グラム買ってカレーに使った。家族全員で100グラムだったと思う。「肉をかみ切る」という体験はクジラによるものだけだった。ついでに言えば、あのころの少年少女なら、「ベーコン」はクジラを原料にしたものだと思っていた。豚肉を使った「正しいベーコン」に出会うのは、たぶん高校時代以降だろう。

 村では肉は売っていないから、母が街に出たときに、牛肉を買ってきた。あのころは、肉は竹の皮か経木で包み、さらに新聞紙(「しんぶんがみ」というのは、関西弁か)で包んだ。なぜ牛肉を買ってきたのかわからないが、「関西だから、牛肉か」という程度に思っていたのだが、調べてみれば、昔は豚肉よりも牛肉の方が安かったとわかった。

 戦後昭和史というサイトで、肉の値段の変遷を調べてみた。

 昭和の肉の値段(100gあたり)

 牛肉 1960年 ―61円  1970年―147円 1980年―338円

 豚肉 1960年 ―65円  1970年― 90円 1980年―147円

 鶏肉 1960年 ―49円  1970年― 80円  1980年―115円

 参考 タバコのハイライトの値段 1960年70円、1970年80円 1980年150円 国鉄JR初乗り料金 1960年20円 1970年30円 1980年100円

 

 クジラ肉とほかの肉の値段比較(100g)についても調べてみる。

 1960年 クジラ肉 14円、牛肉55円、豚肉64円、鶏肉48円

 1970年      46円    137円   90円    77円

 1960年代から徐々に捕鯨禁止になるものの、70年代まで給食にクジラ肉が登場した。

 1960年前後だったと思うが、母にお使いを頼まれて肉屋に行ったことがある。「ブタ小間、100グラム35円」というのを、100グラム買ったことを、なぜか覚えている。肉屋の店内に、もみ殻が入った木箱があり、そこにタマゴが入っていた。大きさごとに、「7円」、「9円」「11円」という値段が紙に書いてあった。あれから60年近くたった現在、ウチの近所のスーパーでは、何年も前から週に1回「タマゴ安売り日」があって、10個パックが98円だ。1個10円以下(税別)だから、1960年と2022年でタマゴの値段が同じということだ。もう30年以上前に、「パチンコとタマゴは物価の優等生!」という宣伝文句があったのを思い出す。

 ちなみに、日本の「衛生的で新鮮なタマゴ」は、タマゴかけご飯が流行っている香港に輸出されるようになった。中国通日本人は、「中国人は生タマゴが苦手」と長年解説してきたが、日本旅行を体験した若者たちは、旧世代が口にしなかった生もの(野菜、魚、タマゴなど)を喜んで口にするようになった。大陸の中国人や台湾、韓国などでは、生タマゴを食べることの壁はまだ高い。