気球から宇宙の旅まで、飛行中の食事のあれやこれやの雑学を詰め込んだのが、『空と宇宙の食事の歴史物語』(リチャード・フォス著、浜本隆三・藤原崇訳、原書房、2022)だ。私好みの全方位雑学だから、うれしい付箋がいくつもついた。
人類最初の空中食は、1783年のパリ、気球で口にしたシャンパンだったらしい。冷製チキンとワインの食事は、1785年にイギリスの空に浮かんだ気球でのことだったらしい。
飛行船には、高級レストランと同じような内装とサービスの食堂があった。飛行船と言えばツェッペリン号が有名で、この飛行船にちなんだ食べ物としてリトアニアのツェペルナイが紹介されている。この料理は、雑語林1337話ですでに紹介しているから、旧知の間柄だから懐かしくなった。
飛行機の時代に入り、積み込んだ料理を温める方法に関する試行錯誤がおもしろい。ボーイング社の技術者は、エンジンの熱を利用できないかと工夫したが、機内では騒音がひどくなり排ガスが充満してしまい、失敗。ほかの方法も考えたが、加熱は無理で、せいぜい保温しかできなかったという。1930年の話だ。
1920年代後半は飛行艇の時代だったという。飛行機は鉄道の2倍の速度、船の4倍の速度で飛行する。しかし、飛行機に対する信頼感は低かった。そこで注目されたのが飛行艇だった。エンジンが不調でも水上に不時着すれば、助けを呼べる。空港を作らなくてもいいという利点もある。飛行艇の欠点は重く遅いということで、速度を重視するようになって、飛行艇から飛行機へと移っていく。
座席の背もたれに、折り畳み式のテーブルが格納される方式は、パン・アメリカン機DC-4(1942年~)からだという。
機内食に関して、スカンジナビア航空がやった「工夫」も、興味深いエピソードだ。冬にスカンジナビアに来る客はほとんどいないから、旅客獲得のために、アメリカから南ヨーロッパに旅する人に、スカンジナビア経由便を売り込んだ。航空業界の規定で、機内食はサンドイッチと決められていたのだが、スカンジナビア航空は、パンの上にエビ、キャビアやロブスターなどを出したので、たちまち人気を博した。客を奪われた競合他社は、IATA(国際航空運輸協会)に訴えた結果、「サンドイッチは、冷たく、その大部分がパンかそれに似たもので構成され、飾り気がなく、一体感があり、キャビア、牡蛎、ロブスターなどの具を含んではいけない」と規定した。IATAに加盟してる大手航空会社はこの規定を守る義務があるが、非加盟の航空会社は独自のサービスをやっていた。
私が旅を始めた1970年代の記憶を掘り起こすと、IATA加盟の航空会社では機内で飲むアルコール類は有料だったと思う。非加盟の会社は無料だったようだが、酒を飲まない私は、実はよく知らない。エア・インディアで帰国したばかりの日本人が、こんなことを言っていた。
「機内でビールを勧めるから2本飲んだら、あとからぼったくりの請求書を出され、『カネを払え!』だよ。きったねえ商売をやりやがって」
「エア・インディア機内はインドなんだから、値段も聞かずに注文する方に問題があるような気がするな」と、私。