1867話 古書店主の日記 上

 

 新刊でも古書でも、かつては書店主が書いたエッセイをかなり読んでいたが、最近はすっかりご無沙汰している。最後に読んだのは、『ぼくはオンライン古本屋のおやじさん』(北尾トロ風塵社 、2000)だと思うから、もう20年以上読んでいないことになる。ただ、神田神保町にあったアジア文庫店主の大野信一さんが書いた『アジア文庫から』(アジア文庫の会、2010)は、私が編者のひとりだから、これは例外だ。

 久しぶりに読んだ本屋のエッセイは、スコットランド古書店主が書いた『ブックセラーズ・ダイアリー』(ショーン・バイセル、矢倉尚子訳、白水社、2021)だ。これが、じつにおもしろかった。著者の毒舌と皮肉はジョン・レノンや、イギリスのテレビ司会者で自動車番組「トップ・ギア」で知られるジェレミー・クラークソンを思い起こさせる筆致だ。

 2001年のクリスマスのこと、スコットランドのウィグタウンの古本屋にふらりと立ち寄った30歳の男は、本を買う代わりに古書店を買ってしまった。衝動買いだったという。その古書店、「ブックセラーズ」という当たり前すぎる名前の古書店は、20年後、20万冊の在庫をかかえるスコットランド最大の古書店になった。

 この古書店日記は、2014年2月から1年分をまとめたものだが、ところどころに開店当初の話が出てくる。出版業界に多少の興味がある人なら、2001年がどういう時代だったかわかるだろう。アマゾンはすでに存在していたが、まだ黎明期だった。新刊書だけ扱い、「古書ではエイブックスが唯一の本格的プレーヤーだった」が、そのエイブックスは2008年にアマゾンに買収されたという説明を読んでいて、「エイブックス?」と疑問に思った。調べてみると、Abe Booksだ。「アベ・ブックス」ではないことはわかっていたが、なんと発音するのかわからないまま、私も使っていたことがある。欲しい本をこのサイトで検索すると、「5軒で販売しています」と回答が出て、シドニーとパリとロンドンと・・といった具合に販売者がわかり、購入手続きをすれば買うことができる。今、Abe Booksを調べると、これはAdvanced Book Exchange(先進的な書籍取引)の頭文字をとった社名だとわかった。

 アマゾンは日本では2000年に新刊書の通販を始めているが、古書は楽天や個人のインターネット古書店があった。このコラムの冒頭で揚げたライター北尾トロ氏も書店を始めていた。インターネット遊びをしていたら、『おまえも来るか!中近東』(1972)の書き手のひとりとして記憶に残っていた森本剛史の名前が見つかり、ライターをやりつつ旅行関連の本を扱うネット古書店をやっていると知った。在庫リストを見たが、読みたい本はすでに持っているから買うことはなかったが、ときどき販売リストを見ているうちに、「閉店のお知らせ」を読んだ。そしてしばらく後に、代官山蔦屋書店の「旅行書コンシェルジュ」として、マスコミで取り上げられる姿を見た。

 その当時、インターネットで遊ぶと、旅行書専門の古書店がいくつかあることがわかった。販売リストを見ると、やはりすでに持っている本がほとんどで買いたくなるような本はなかった。熱心に検索したのは、「スーパー源氏」と「日本の古書店」のふたつで、「日本の古書店」の方はいまでもときどき調べる。このサイトで買っていたのは、明治大正昭和戦前期に出版された旅行記や留学記や、戦後はせいぜい1960年代までの本で、こういう本を販売している旅行書専門の古書店はなかった。そうこうするうちに、アマゾンに古書も扱う「マーケットプレイス」ができて、クレジットカード決済だから、銀行に行く必要がなくなった。銀行の振込手数料も要らなくなり、アマゾンへと注文が集中するようになる。思えば、あのころ、1950年代から60年代の旅行書の多くは二束三文の値段がついていて、そのおかげでだいぶ買い集めたのだが、近頃は団塊世代を意識したのか、今では数万円の値がついている本もある。いくらでも値をつけるのは自由だが、その値段で売れるとは思えないが、それは部外者の余計な感想だ。スコットランド古書店日記を読んでいると、アマゾンとともに消えていったネット古書店のことをいろいろ思い出す。

 書店主のネット日記で、今でもときどき目を通すのは「旅の本屋のまど」のもので、いまはツイッターだがブログ時代から時々読んでいた。あの店主日記を1000倍の毒を注入したのが、スコットランド古書店主の日記だと言っても、本の内容はわからないだろうから、次回に少し紹介してみる。