1940話 気に食わない その1(全3回)

 

 人それぞれに、好き嫌いがある。もちろんその対象が人の場合でも同じで、「好き」に理屈は要らないが、「嫌い」には論理的なものと非論理的なものがある。「嫌いだから、嫌い」とか「とにかく、気に食わない」といったものだ。

 私にも、「どうも気に食わない」という人がいるが、このブログで感じるままに罵詈雑言誹謗中傷を発しないのは私の高潔な精神のせいではなく、素性を明かして書いているからだ。だから、匿名の文章は信用しない。このブログに時々コメントを書いてくれる人もいるが、できれば名を明かして書いてほしい。名乗れないような意見は、信用されないと思った方がいい。

 私にとって、「嫌い、苦手、信用できない」と思う人がいるように、私を、つまり「前川健一が気に食わない」という人ももちろんいることはよくわかっている。ある人と話をしていて、相手の眼つき態度が私を見下しているのは明らかで、「嫌われているな」とか「信用されていないな」とわかることがある。大きな組織の人間が、「たかが無名のライターごときが・・・」という目で私を見ながら発する言葉の端々に軽蔑を感じる。そういうことはある。

 もうずいぶん昔のことになるが、外国や旅行に興味のある人たちが集まって講演を聞く会があり、そのあと出席者がそれぞれ雑談をしていた。そのなかに大学院でインドの歴史を研究しているという人がいて、日ごろ疑問に思っていることをテーマに話をしていた。そこに割って入った人がいる。仮にAとしておく。Aは私たちに向かって、「あんたたちがいろいろ知っているのはよくわかったから、別の話をしなよ」と言った。わざわざ私に近づいてそんなことを言った理由はひとつ、私が大嫌いだからだ。嫌いだから無視するというだけでは我慢できず、「あんたが嫌いだよ」と言いに来たのだ。

 知人が、裏の事情を知っていた。しばらく前に、タイに興味があるという人と話をしていて、タイの小説『田舎の教師』(カムマーン・コンカイ著、冨田竹二郎訳、井村文化事業社)の訳注にあなたの知りたいことは書いているよと教えてあげた。そのやりとりを聞いていたBは、あとでAに報告におよんだ。前川は、いい加減な資料の名を挙げて、間違いだらけの話をして、知ったかぶりをしていた。だいたい冨田なんて、ロクにタイ語ができないんだぜ。そんな人の本を紹介して得意になっているのが前川だという報告だったという。AもBも、もともと前川が大嫌いだから、その感情を補強する情報を語り合った。その情報が正確かどうかなどどうでもいいのだ。少し後に2000ページを超える『タイ語辞典』を出すことになる冨田先生に対して、「ロクにタイ語ができない」と言い放ったことを責めてもしょうがない。それがとんでもない誤りなのだが、前川を非難することならどんなことでもいいのだ。

 旅先で偶然の出会いがあったという話を書いたら、「前川はウソばかり書いている」という非難もあった。。

 同じ国や隣の国でばったり再会するなんてことはよくあることだが、場所が離れての偶然の出会いもあるのだ。カトマンズで会った旅行者に、8か月後にパリで再会したということがあった。あるいは、カルカッタのパラゴンホテルの中庭でノートを広げていたら、「日本人ですか」と話しかけてきた旅行者がいて、彼と雑談していた。その人が、私の背後の方を見て、突然「おお、何だよ!」と叫んだ。私の後ろには客室が並んでいて、そのひとつの部屋から出てきた男を見て、叫んだのだ。その旅行者も日本人だった。

 「いやあ、びっくりした」と私に説明してくれた。3年前にふたりはニューヨークに住んでいて、同じアパートの隣り同士の部屋だった。ニューヨークを出てヨーロッパに渡り、中近東を経由してカルカッタまで来たのが私の目の前にいる男だ。アパートの隣りの部屋にいたもうひとりの男は、ニューヨークから南下して中南米を旅し、日本を経由してカルカッタに来た。泊まった宿の隣りの部屋にいたのが、ニューヨーク時代の隣人だったという3年ぶりの再会だった。

 「そんな都合よく再会なんてするわけはない。全部、前川の創作だよ」と非難した人は、香港3泊4日とかハワイ4泊6日などの旅行を何度もしたかもしれないが、安宿を泊まり歩く線の旅はしたことがないのだろう。上に書いた再会の話はやや突飛だが、ルート上の再会は珍しくない。例えば、インドのコルカタ・デリーの間やラージャスターンの観光地でなら、「おお、ああ! カトマンズで会ったね」という再会などいくらでもありうる。東南アジアなら、ラオスからインドネシアに至るビーチや高原のリゾート地にいると、「おう!」という再会の機会がある。

 「旅先で、偶然の再会なんてあるわけない。そんな都合のいい再会なんて、前川の創作だ」と非難していた人たちは、旅先での再会は珍しいことではないということを知らないようだ。