2025話 韓国 金属の食器

 

 金属製食具の話をしていたら、韓国、歴史的なことで言えば「朝鮮」とした方がいいのだろうが、朝鮮半島の食文化のことが頭に浮かんだ。世間のヒンシュクを買う覚悟で言うが、韓国の食文化を語っている人は、ネットはもちろん雑誌や単行本でもあまたあるが、そのほとんどは、「アホ」と言いたくなる。例えば、「韓国では、なぜスプーンで食事をするのか」とか「韓国の箸や器はなぜ金属製なのか」といった疑問の回答は、ひとことでいえば「そういうことになっています」と現状の報告に留まり、歴史的認識のうえでの分析がない。「汁物が好きだから」と解説する人がいるが、それならば韓国のスプーンがヘラのように薄いのはなぜかという理由を説明しない。汁に対応するなら、西洋のスプーンのように深くていいじゃないか。中国のチリレンゲのような形なら、汁をすくいやすいのだが、そうはならない。あのさじは、パラパラの飯を食うヘラのようなものが始まりだったから、さじは飯、おかずは箸と役割分担された。椀に入った汁は、口をつけて飲んだのだろう。

 こういうテーマについて、いままで何度も書いてきたが、韓流ファンはもちろん研究者レベルでもまともに考える人がいないのはなぜだろう。現在の食事マナー紹介だけでなく、きっちりと調べてみようと考えないのは、韓国人でも同じかもしれない。

 韓国ドラマを例にして、すでに何度か食文化の話をした。以下の論考は推察想像であって、個々の事例について検証しているわけではない。「まあ、こういうことじゃないかな」という思い付きだから、思慮深い専門家の方からの訂正をお待ちしたい。

 ドラマ「商道(サンド)」は、19世紀の朝鮮王朝時代の商人の生涯を描いたドラマだ。若き主人公が最初に任された仕事は、真鍮の食具などの器を地方の村で売ることだった。真鍮(黄銅)というのは、銅と亜鉛合金で、ブラスバンドのブラス(brass)のことだ。真鍮の器は磨けば金色になるから、その豪華な感じで王族などの食具として使われていた。ドラマの主人公が真鍮の食具を村に売りに行くと、「こんな高価な物を買えるものはここにはいない」と拒絶される。真鍮は金持ちの食具で、民百姓は通常、陶磁器や木製の食具を使っていたようだ。真鍮製品を買った家でも、たえず手入れをしておかないと変色するし重いので、祭礼など特別な機会に使っていたようだ。

 20世紀に入ってもその傾向は変わらなかった。1941年に占領していた日本の命令で、金属類回収令が出ると、日本国内同様朝鮮でも金属類が集められ、家庭にあった真鍮の食具も供出された。

 太平洋戦争が終わっても朝鮮戦争に入って行く。1950年に始まった朝鮮戦争が休戦となるのは53年7月だから、経済が動き出すのは少なくとも50年代後半からだろう。

 真鍮に変わって「1950年代に登場したのがステンレスだ」と、元国立民族博物館教授の朝倉敏夫さんは書いているが(「韓国 匙と箸の文化 (箸の文化 : ごちそうを口へはこぶ道具 ): 世界一周「食具」との旅 朝倉敏夫)、私の想像ではステンレスの前にアルマイトの時代があると思う。アルミニウムを表面加工をして耐食性や耐摩耗性を高めたのが、アルマイトだ。かつて日本でもアルマイトの食器や鍋や弁当箱をよく使っていた。韓国では今もインスタントラーメンを煮るときによく使うのでラーメン鍋(ラミョンネムビ)と呼ばれている鍋や、マッコリ(どぶろく)を入れるヤカンや、それを飲むカップなどのアルマイト製品が愛用されている。私の世代では、アルマイトカップは、給食の脱脂粉乳を飲むときに使っていたはずだ。アルマイト食器は、刑務所ではまだ現役だろう。

 ドラマ「サンド」の主人公が働く組織は日本風に言うなら商社なのだが、そこの頭の食事風景が目についた。左手に飯茶碗を持ち、右手のスプーンに液体状の塩辛をつけて、飯を食う。質素な生活を表現した食事風会だ。日本人のように左手に飯茶碗を持って食事をするシーンは、韓国のドラマや映画や旅番組なので、いくらでも出てくる。

 「トゥーコップス」という刑事ドラマでは、ふたりがチャンポンを食べるシーンが2度ある。韓国のチャンポンは、赤くて辛いのだか、それはともかく、ふたりはズルズルと音を立てて食べているのは韓国でもマナー違反ではないのだが、どちらのシーンでも、ひとりが、丼を両手で持ちあげ、口につけ、汁をぐっと飲む。これもマナー違反ではないのだろう。「韓国人は、器を持って食べることはありません」とか「器に口をつけて汁を飲むことはありません。かならずスプーンを使います」などと、さまざまな媒体に書いてあるが、丼に口をつけて汁をぐいぐい飲むというシーンをよく見ている。韓国の汁麺にはスプーンはついて来ないから、器に口をつけて汁を飲むのだ。韓国のテレビ番組で、食レポをした女優だけは、テーブルに置いてあったスプーンを手にして汁を飲んでいるのを見たことはある。

 韓国の映画やドラマを見ていると、いわゆる韓国通を自称他称している人が解説する韓国食文化の話がたいていできそこないだということが少なくない。スターには夢中になっても、食文化を見ていないからだ。