2026話 アルデンテ リゾットの話をする前に

 

 リゾットの話をしようと思ったが、その前に片づけておかないといけない話題がある。

 「パスタとスパゲティーって、どう違うの?」という質問を受けたからだ。そのレベルのことも知らない人がいるんだなとは思ったが、ネットにも同じ質問があって、それほど奇異な質問ではないようだ。

 イタリア語Pastaは、英語のPasteと同じ起源のことばで、「練ったもの」という意味で、イタリア料理では、おもに小麦粉を練って作った食べ物でパンや菓子以外のものをさす総称で、スパゲティーはそのなかのひとつの麺をさす。つまり、スパゲティーはパスタだが、パスタがスパゲティーというわけではない。日本に置き換えると、うどんは麺類だが、麺類がうどんそのものというわけではないということだ。

 ズボンをパンツと言いたがったり、ランニングシャツをタンクトップと言いたがるタグイの奴らが、「スパゲティ―って、古臭いからパスタに変えようぜ」などと考えたらしい。パスタという語が、なにかカッコいいと勘違いしたようだ。

 スパゲティー誕生のいきさつは、雑語林の1074話などにすでに書いているが、ここではその要約を書いておこう。

 スパゲティーは19世紀のナポリで生まれた。工業的に製造された乾麺だが、イタリア全土に広まったわけではない。北部では家庭で作られる生麺の方が好まれたようだ。

調べてみれば、イタリアでもスパゲティーと言う名はあまり使われていなかったようだ。

 アルベルト・ソルディ主演のイタリア映画”Un Americano a Roma”(1954年、「ローマのアメリカ人」の意味)を見るとよくわかる。この映画は、「スパゲティを食べているシーン」として非常に有名だが、この映画ではこのひも状パスタに対して、主人公は、スパゲティーではなく「マッカーローニ」と言っている。日本未公開だが、YouTubeで見ることができる。Un Americano a Roma「ローマのアメリカ人」。

 イタリア南部のパスタは、移民たちの手でアメリカに運ばれ、アメリカの国民食のようになったのだが、こういう事実がある。

 アメリカに、パスタ関連業者の団体、National Pasta Associationというものがある。もともとは、アメリカで最初に設立された業界団体National Macaroni Manufacturers Associationで、1848年、ブルックリンで設立された。1981年に、現在の名称になった。つまり、業界では1981年になるまで、総称はpastaではなくずっとMacaroniだったのである。

 想像するに、イタリアでマッケローニ、あるいはマッカローにと呼ばれていたコムギ製品は、アメリカでも総称となり、麺条のものをスパゲティー、穴あきのものをマカロニと呼んだのではないか。スパゲティーはイタリア南部で生まれたのだが、イタリア全土に広まる前にアメリカで広く食べられるようになったと、私は考える。イタリア北部の家庭でも、スパゲティーをごく普通に食べるようになるのは1960年代以降かもしれない。

 さて、そこで、スパゲティーの話になると、料理人やイタリア料理通という人たちが、「ゆで方はアルデンテ!!!」と得意になってしゃべっているのがずっと気になっている。アルデンテのデンテは英語のデンティストなどでわかるように「歯」のことで、アルデンテは直訳だと「歯まで」で、「芯があるくらい歯ごたえのある」という意味だ。麺をアルデンテにゆでて、そのあとトマトソースなどと絡めるから、皿に盛られたときでも芯が残っているわけではない。生パスタを使う北部なら、「芯のある堅いパスタ」はそもそもない。

 さて、ここでやっとリゾットの話ができる。スープに生米を入れて、粥状にした料理がリゾットだ。

 NHKのシリーズ「コメ食う人々」(2009)の、2023年の再放送を見た。2009年の放送も見ているのだが、見逃していた事実に今回気がついた。イタリアのコメがテーマの番組だから、当然リゾットが登場する。料理人が、「コメはアルデンテにするのが、重要」と熱弁をふるいながら、リゾットを作っている。普通のテレビ番組ならそれでおしまいなのだが、制作者は「それは違うな」思っていたらしい。家庭訪問をして、その家の台所で、リゾットを作ってもらう。おばあちゃんが語る。

 「アルデンテなんて言うのは、レストランだけのこと。家庭ではじっくり煮て柔らかくするのよ」

 そうだろう。家庭では細心の注意を払って、ちょうどアルデンテになったところで火を止めても、家族全員がすぐに食べるわけでもなく、飲み物の準備をしているうちに時間が過ぎて、やわらかくなることだってある。おそらく、パスタの場合も同様で、日本のイタリア料理通が得意げに「アルデンテだ!」というほど、イタリアの家庭ではアルデンテじゃないんだよ。日本のイタリア料理人は、イタリアの料理店で修業したから、レストランでの料理法を紹介しているわけで、家庭での料理法とは違うのだ。