27話 アジアをめぐる「鳥」についての短い考察


 『インドネシア語の中庭』(佐々木重次編著、Grup sanggar)を読んでいたら、鳥(burung)は幼児のオチンチンの意味もあるという話がでてきた。辞書で確認すると、まさにそのとおりだ。さて、これは中国語の影響だろうか?
 中国語は、基本的には1語にひとつの音で、日本のようにひとつの漢字にいくつもの読み方があるということはないのだが、例外的にいくつかの語は複数の音 がある。「鳥」もそのひとつで、niaoと発音すれば鳥のことだが、diaoと発音すると、オチンチンの意味になる。こういう雑学はすでに仕入れていたの で、burungの隠語の意味が中国語起源ではないかと想像したのだ。
 『アジア英語辞典』(本名信行編著、三省堂)には、フィリピンで英語のbirdには、隠語で幼児のオチンチンの意味があるとでている。手元に詳しいタガログ語辞典がないので、意味の起源についてはわからない。
 タイ語で鳥は「ノック」というが、この語にはどうも隠語の意味はなさそうだ。森羅万象の語彙を織り込んだ「冨田辞典」こと、『タイ日大辞典』(冨田竹次 郎、めこん)にも出ていない。隠語も詳しく紹介しているこの辞典に出ていないということは、多分「ノック」は鳥以外の意味はないということだろう。ちなみ に、タイ語で鶏(カイ)には売春婦という意味もあるそうだが、中国語で鶏巴といえばオチンチンのことだ。発音は日本語の「千葉」に近い。
 なぜ、鳥が赤ちゃんのオチンチンなのかよくわからないが、おそらくその形からの連想ではないかと思う。袋の部分(陰嚢)を鳥の胴と考えると、たしかに小 鳥に似ていなくもない。お菓子の「ひよこ」を思い浮かべるとわかりやすい。『インドネシア語の中庭』では、「なぜ『鳥』というのか」という問いに対して、 インドネシアの女性が「だって、タマゴを抱いているじゃない」だって。インドネシア語ではどうか知らないが、タイ語ではカイ(タマゴ)は隠語で睾丸の意味 がある。
 インドネシアやフィリピンの、鳥の裏の意味が中国語起源かもしれないという推測が、正しいのかどうか私にはわからない。東南アジアの食べ物関係の語は中 国語起源のものが数多くあるのはたしかだが、だからといって中国語と共通する東南アジアの語彙がすべて中国起源だと判断してしまっては、中華思想にすぎる だろう。
 私は言語学についても素人だから、これ以上の考察はできない。ここはひとつ、専門家の論文に期待したい。

※『インドネシア語の中庭』は、品切れになりました。(アジア文庫)