290話 ヒップとフリースクール・ストリート

 『ヒップ アメリカにおけるかっこよさの系譜学』(ジョン・リーランド著、篠儀直子・松井領明訳、ブルース・インターアクションズ、2010)の、訳者紹介を読んだら、篠儀氏は、『働かない』の共訳者だとわかった。変わった名前だから、どこかで目にした名前だなあと思ったのだが、やはりそうだったか。『働かない 「怠けもの」と呼ばれた人たち』(トム・ルッツ著、小澤英実・篠礼直子訳、青土社、2006)の原題は、”Doing Nothing”。予想以上におもしろい本だった。著者は1953年生まれのアメリカ人。アメリカ文学社会学などが専門の大学教授で、脚本家でもある。第1章「カウチの上の息子」は、こういう文章で始まる。
 「この本は十八歳になる息子、コーディの話から始まる。彼は母親の家から私の家へ移ってきたところだ。大学に進学する前に一、二年の休みを取ろうと、漠然とした予定でロサンゼルスにやってきた」
 この息子、じつに怠け者でなんにもしない。毎日カウチに寝そべり、テレビを見ている。「なんだ、こいつ?」と著者は思う。著者である父親は元ヒッピーで、世間から見れば、だらだらとして実に無駄だと思われる青春時代を過ごしているから、音楽に夢中になっているとか、旅をしているというなら、それはそれでいいのだが、この息子はただテレビを見ているだけだ。「このバカ息子」と怒る元ヒッピーの自分自身に驚き、「働かない者を見ると、なぜ怒りを感じるのか」という疑問がわき出し、ついには、「怠け者の西洋近現代史」といったこの本(翻訳で500ページ)を書いてしまったというわけだ。
 私は旅行者の歴史、あるいは旅行者の系譜として、「放浪者、浮浪者の西洋史物語」としてこの本を読んだのだが、じつにおもしろかった。『ヒップ』も同じような関心で手に取った。内容も系統的には似ているようだ。だいたいの内容を把握しておこうと、長大な索引を眺めると、「ア」の項に「アイスバーグ・スリム」というなつかしい名前があった。彼の本を買った年と場所は、はっきりと覚えている。1974年、カルカッタだ。
 サダル・ストリートを進んで、右に曲がれば、右手に伝説的安宿パラゴンがある。そのまま進むと、左手にモダンロッジがある。さらに進むと、右側に中国料理店があり、その近くか、あるいはフリースクール・ストリートに出てからか、とにかくそのあたりの古本屋で買った。今もあるかどうか、まったく知らない。
“MAMA BLACK WIDOW”(Iceberg Slim)と、”THE NAKED SOUL OF ICDBERG SLIM”(Robert Beck)の2冊を買ったのは、1974年11月。インドかネパールの本でも探そうと店に入ったが、適当な本が見つからず、この2冊を買ったのだと思う。ちょっとアメリカ文学に詳しい人なら、この2冊の本の著者は同じだとわかるだろう。ローバート・ベックが本名で、ペンネームがアイスバーグ・スリム。ポン引き出身の作家で、日本では同じ経歴の作家に、吉村平吉がいる。彼の『実録エロ事師たち』(立風書房)は1973年の出版だから、さて、私が読んだのはどちらが先かわからないが、ほぼ同じ時代に東西のポン引き作家の本を読んでいたことになる。
 アイスバーグ・スリムなんていう名前は、元々日本ではあまり知られた作家ではないから、もはや忘れられた過去の人なのだろうと思ったが、念のためネット情報を調べたら、とんでもない誤解だとわかった。無知だった。私がカルカッタで彼の本を読んでいたころは、影も形もなかったヒップポップの教祖的な地位に祭り上げられている偉人になったのだと、初めて知った。彼は92年に亡くなっているが、その著作はいまも版を重ねている。それだけじゃない。なんと2冊も翻訳があり、2冊目は2008年の出版だ。そういった情報を知ると、『ヒップ』の次の文章が間違いだとわかる。
「『・・・ヒップホップはNYで始まったものだからな』と回想するのはトレーシー・マーロウ、ニューヨークに移植され、アイスバーグ・スリムと名乗ったのち、アイス・Tと名乗ることになった人物である」(162ページ)
 1958年生まれのトレーシー・マーロウという男が、ヒップホップMCになり、アイスバーグ・スリムにちなんで、芸名をアイス・Tとしたのである。おそらく、翻訳上のミスだろう。それとも、本当に「アイスバーグ・スリム」を芸名にしていた時期があったのか。
 『ヒップ』の話に入らないで、周辺話だけで終える理由は・・・、そうです、ご想像のとおりです。一応は、最後まで読んだのだけどね。