531話 研究者と雑談

 大学の医学部の教授たちと雑談する機会があり、おもしろい話を聞いた。アメリカと日本の薬の違いというのが、その時の話題だった。アメリカの薬は効力が強いというのだ。日本の薬は、それほど強くない。これは、製薬技術といった問題ではなく、「犠牲」に対する考え方の違いらしいというのが、私の理解だ。
 日本の薬がアメリカの薬ほど強くないのは、副作用をできるだけ避けようと考えているからだ。効力が弱いと、その程度では治療がうまくいかない場合があるが、副作用で苦しむ人も少ない。一方、アメリカの場合は強い薬のおかげで完治する患者がいるが、同時に副作用で苦しむ患者もいる。
 「全体的に見れば、どちらの薬も同じような結果になるんで、どちらが正しいということは言えないんですね。だから、これは考え方の違いというわけです」
 薬の認可の問題も、ここにあるらしい。アメリカの薬をそのまま日本で認可すると、副作用が心配される。「すぐさま、認可しろ!」いう患者と、「でもなあ、心配だなあ」と躊躇する当局という構図が浮かぶ。あるいは、こんなことも考えていた。人質救出作戦の犠牲者の問題が頭に浮かぶ。人質に死者が出ても、犯人の逮捕や殺害の方を重視する考えと共通するものがあるように思う。
 別の日の雑談。今度は栄養学や社会学文化人類学など、専攻はさまざま。話題は昨今のイギリスの外食事情から、アメリカ人の食生活、そしてアメリカ化した日本料理の話になり、ファーストフード店のことに移ったあたりで、私の頭にある疑問が浮かんだ。
 「そういえば、アメリカのファーストフード店では、“decaf”(ディキャフと発音するようだが、日本ではデカフェと呼ぶようだ。カフェイン抜きのこと)という表示をよく見ますよね。でも、日本ではあまり見ないような気がするんですが・・・・」
語尾があいまいなのは、私はめったにファーストフード店にはいかないし、スターバックスには入らないから、自分の発言に自信がないからだ。
 「そうなんですよ」と栄養学者が解説してくれた。「日本人は、カフェインを分解できる体質なんです、だから、カフェインレス商品はあまり必要がないんですが、西洋人はカフェインを分解できない人が多いので、カフェインレス商品を求める人が多いというわけです」
 「アルコールの逆ですね」
 「そうです。まさに、逆なんですよ」
 日本人だけではなくアジア人は、アルコールのなかのアセトアルデヒドに対する酵素があまり働かない人が多い。つまり、体質的に酒に弱い人が多いということだ。西洋人は酒に強いので、どんどん飲むと、アルコール依存症になる確率が高い。日本人の場合は、酒に弱い人が多いので、依存症になる前に、肝臓などがぶっこわれる人が多いという構図だ。カフェインの場合も、アジア人は強いので、アジアではカフェインレスのインスタントコーヒーは売れないし、どのコーヒーショップでもカフェインレス商品を常備しているわけではない。日本のスターバックスのHPを読むと、メニューにはないが、面倒な注文をするとカフェインレスのコーヒーが飲めるようだ。基本的に、日本人にはカフェインレス対応の優先順位は低いようだ。つまり、日本で商売する場合、カフェインのことはあまり気にしなくていいということだろう。ネットで調べてみれば、アメリカのスターバックスでは、“decaf”がメニューにちゃんとある。
 乳糖(ラクトース)を分解する酵素を持たないために、牛乳を飲むと下痢してしまうという乳糖不耐性が日本人に多いといった話など、体質の民族差の話題は興味深い。
 アメリカの薬が、日本でなかなか認可されないということが話題になったことがある。ラジオやテレビの情報番組のキャスターやコメンテーターといった人たちが、「アメリカ人も日本人も、同じ人間じゃないか。平均的な体格差以外、なんの違いがあるというんだ!」と吠えていたことがあったが、「人間みな平等」という思想と生理学を混同してはいけない。