1031話 ワンダーフォーゲルの事などから その2


 そんなおり、つい先日古本屋で見つけたのが、『ワンダーフォーゲルの活動のあゆみ―学生登山の主役たち』(城島紀夫、古今書院、2015)だ。自費出版だろう。日本の大学のワンダーフォーゲル部の活動記録をまとめ、部の雑誌を紹介したもので、労作ではあるが、私の関心分野とはほとんど重ならない。定価2700円で、古本屋でもそれほど安くはない。普通なら買わない本だが、自費出版本だともう2度と出会わないかもしれないといいう危惧があり、買ってしまった。
 帰宅して、傍線用の6Bのエンピツを握りしめて、『ワンダーフォーゲルの活動のあゆみ』を読んだ。傍線を引いたのは、たった1か所、わずか十数文字だけだが、それでもこの本を買った価値はあった。例によって、現物が行方不明で探すのが面倒なので、記憶で書く。
 戦前の若者の旅は、旧制高校生の無銭旅行だった。
 そういうような内容だった。そうか、無銭旅行か。この語はもはや歴史的用語だ。旅行史を調べている私には、この言葉に記憶はあるが、詳細を知らない。ちょっと調べると、石坂洋次郎が書く青春物語がでてきた。『石中先生行状記』には、「無銭旅行の巻」という話がある。これを映画化したのが、「石中先生行状記」シリーズ(1949~54)のなかのから4作目の、「石中先生行状記 青春無銭旅行」だ。これは高校生ではなく、旧制中学生の旅話だ。
 国会図書館の蔵書から、「無銭旅行」という語が書名に入っている本を探すと、『無銭旅行』(宮崎来城、1901 )や『世界無銭旅行 立志青年』(久保任天、1907)など、20世紀に入った時から、続々と出版されている。無銭旅行といえば、中村春吉(1871~1945)の旅だ。1902年に日本を出て、自転車による世界一周旅行をした中村春吉の旅を、押川春浪が書いた『中村春吉自転車世界無銭旅行』(1909)が有名だったようだが、この本が出る以前に「無銭旅行」を冠する本が出ていた。
 というようなわけで、「無銭旅行」と呼ばれた旅の誕生にまつわる事情を知りたいのだが、おいそれとはわかりそうもない。本腰を入れて、「明治期の青年の旅」という研究をしないといけなくなる。徒歩旅行といえば、1776年ごろに徒歩でインドを出て、1783年にイギリスにたどり着いたウォーキング・スチュアートこと、ジョン・スチュアート(1747~1822)の例があり、歩くことを思想化したヘンリー・D・ソローの『ウォーキング』(1862)などがあるのだが、そういう人物や本と、日本の「無銭旅行」ブームは何かの関係があるのかどうかまったくわからない。このあたり、博士論文並みのテーマである。
 「無銭旅行の文化史」といったものは、正攻法で攻めてもわからないので、旧制高校から切り崩すか。