1681話 「旅行人編集長のーと」に触発されて、若者の旅行史を少し その29

 最終回 若者の旅の歴史研究を

 

 いままで、28回にわたって、1970年前後の旅行事情を少し書いた(「少し」じゃないか)。もう30年も前から、戦後日本人の海外旅行の歴史を調べてきたが、いまだにジグソーパズルの大きくて非常に重要なピースが埋まらないままだ。

 日本人が海外旅行に行きたいと思ったとする。どういう条件がそろえば、旅行に行くことができるか。その条件を、いままでひとつずつ点検してきた。

政治的条件・・・海外旅行自由化など、法律や制度についてはある程度勉強した。

経済的条件・・・日本の経済力や為替レートの問題。具体的にはアメリカドルと日本円の交換レートなどの問題だ。

旅行情報・・・・具体的な旅行情報を伝えるガイドブックや、旅行したい気分にさせる映画やテレビ番組や雑誌や紀行文など。

 以上の条件は、ある程度調べがついた。残る1点、航空運賃の変遷については調べがつかないのだ。航空券が安くならないと、外国に行けないのだが、格安航空券に関しては一方的に利用者だっただけで、その興亡などについてよく知らないのだ。航空会社の本はある。大手旅行会社の社史もある。しかし、格安航空券を扱ってきた会社の商売の歴史を克明に描いた資料は見つからない。HISも社史は書く気はないらしい。

 航空券をいかに安く仕入れ、いかに大量に売りさばいたか。販売報奨金の話、輸入航空券問題の推移。大手航空会社との軋轢など興味あるテーマはいくらでもあるが、普通の旅行好きはもちろん、「旅行人」の読者だった人でさえ、航空券ビジネスの話は興味はないかもしれない。しかし、この問題を掘り下げないと、年収でも買えなかった航空券が、学生の夏休みのアルバイトで買えるようになったメカニズムがわからない。それなしでは、海外旅行史研究は不完全なままだ。航空会社の話は産業の表舞台だから、LCCの興亡といったテーマは経済記事でとらえられているが、格安航空券は裏街道だから、金持ち相手の経済マスコミや経済ジャーナリストはまともに取り上げない。しかし、格安航空券がなければ、個人旅行者数が団体旅行者数を抜くことはなかったし、「地球の歩き方」や「るるぶ」がこれほど売れることはなかったはずだ。しかし、観光学論文でも、このテーマを扱ったものは見つからない。

 インターネットで調べれば、格安航空券の歴史を書いたものはわずかにあるが、数百字程度の思い出話では内容が薄すぎる。

 アマゾンを頼りに、航空運賃関連書を買い集めたが、私の希望に少しでも近いものはない。格安航空券の買い方と言ったノウハウ本は多くあるが、私が知りたいことはそういう実用情報ではない。ジャンボジェットの導入で航空運賃が安くなったという話の後は、いきなり「LCC時代到来」という話題に入る本ばかりだ。1970年代末から80年代の、格安航空券業界の事情がまるでわからないのだ。

 旅行会社の裏まで知っていて、ライターでもあるという人物が、格安航空券史の本を書く適任者だ。そういう人が、旅行人周辺にいる。「地球の歩き方」などのライターである前原利行さんだ。彼はライターになる前は旅行社社員だった。格安航空券ビジネスの本は、ほとんどの人が関心のないテーマだから、たぶん前原さん当人も書かないだろうし、出版する会社もないだろう。前原さんは私のコラムを読んでいないだろうが、縁者がいたら「ネット上でいいから、ぜひ、書いて」と伝えてください。1500字×5回くらいの原稿量なら、我がブログに採録させてください。前原さん以外でも、書ける人がいれば、ぜひ。日本最初の「実録 格安航空券業界の歩み」の本だ。

 上の文章を書いた後も引き続き格安航空券史を調べていたら、JALの元パイロットが書いた『航空運賃の歴史と現状』(杉江弘、戎光祥出版、2021)が間もなく発売だと知り、すぐさま注文して入手した。「格安航空券」の見出しはあるものの、記述はない。引き続き注文した『空港・航空券の謎と不思議』(谷川一巳、東京堂出版、2008)は、元旅行会社社員が書いた本で、珍しく格安航空券事情を充分ではないがやや詳しく書いてある。簡単に紹介するには長く、「航空券の価格自由化」や「各航空会社の経営事情」といった諸事情の解説が必要な内容なので、ここで素人の私が手をつけることはしない。興味のある方は、この本をお読みください。この1冊に出会うまで、だいぶ無駄なカネを使ってしまった。

 以上で、長々と書いてきた1970年前後の海外旅行事情の話を終えるとともに、2021年のブログを終える。

 

 十数年前に入院をして以来、数か月ごとに病院に行き定期検診を受けている。10月の検診の時に、体の異変がちょっとあり、担当医は「ガンの可能性もあるので、この際、徹底的に調べましょう」ということで、12月まで何度か検査を受けた。その結果、12月の検診で「何ともなかったです。よかったですね。これで元気に新年を迎えられますね」と言ってくれたので、ひとまず安心。しかし、「実は、すでに・・・」と告知される可能性もあったわけで、そうであったとしてもおかしくない年齢になりつつあるのだから、ああ、元気なうちに、早く旅に出たいなあと思うのである。そうでしょ、ご同輩。