1808話 若者に好かれなくてもいい 追加編

 

 「若者に好かれなくてもいい」という連載は前回で終わる予定だったが、大学教授が書いたでたらめ本について書いたことを思い出した。アジア雑語林の「検索」欄で調べても出てこないので、「あれっ?」と思い調べると、以前、アジア文庫発行の小冊子に書いたのだが、このデジタル版には加えてなかったのだ。

 今回、その話を改めて書く。「大学教授と校正」という話だ。

 世界の辛い食べ物を追った『からいはうまい』(椎名誠)が小学館から単行本として発売されたのは、2001年だった。辛い食べ物ルポとしておもしろい内容なのだが、巻末の付録がひどい。小泉武夫東京農業大学教授(当時)による「辛味食文化初級入門編」だ。これは、「基調講演」と「質疑応答」が載っているのだが、講演者と質問に答えた教授は、同一人物とは思えないのだ。

 基調講演では、「僕ら食味学では辛味だけは味覚とはいわないんです。痛覚というんです」と語っている。これは正しい。甘味、塩味、苦味、酸味、うま味は味覚だが、辛味は味ではなく刺激だ。

 ところが、この教授は質疑応答では、こんなことを話し出す。

 「辛味はうま味の一つですから。辛味は味覚の一つであって・・・」。おいおい、講演と真逆のことをしゃべているじゃないか。以下、この教授の珍説をいくつか書き出してみよう。

 「小さい時から辛味を主食に取り入れている人たちにとって辛味がないとだめなんです」→辛い主食って、どんなもの?

 「ミャンマーはとても暑い。インドより暑い。だから、辛いものがないとやっていけない」どうやって気温比較をしたのかということ以前に、より暑い気候に住む人はより辛い物を好むと言えるのか? 朝鮮半島は灼熱地獄か?

 「香りをもった穏やかな辛さ」に入るグループには、「ニンニク、コリアンダー、タイム、カルダモン、コショウなど」としているが、みな同じ仲間にしていいの?

 「よくトウガラシは種ばかり辛いといわれますが、結局、葉っぱだって茎だってからいんです。(中略)種にすごく辛い遺伝子が組み込まれています」→教授はトウガラシの葉を食べたことがないらしい。葉トウガラシの佃煮が少々辛いとすれば、トウガラシを入れているからだ。トウガラシのもっとも辛い部分は、種がついているワタの部分だということはどんな資料にでも出ていることだ。種にすごく辛い遺伝子があるので、すごく辛いの? 遺伝子が辛いのか?

 「日本に辛いものがそんなに受けいれられなかったのは、醤油があったからかもしれません」などと言いだすから、受講生である編集者に「四川料理は?」と質問された。当然、四川に醤油がありトウガラシもよく使う。この質問に対する小泉教授の回答は、回答にならないシドロモドロ。朝鮮半島だって、醤油を使うのだから、もうめちゃくちゃだ。

 いずれこの単行本は文庫に入るだろうが、教授の支離滅裂講義を「へー、そうですか」と聞いている椎名さんはじめ関係者も恥をかくから、文庫での採録は要注意ですと、正誤表と共に小学館の担当編集者宛に郵送した。担当編集者の名前がこの本に載っているから、私の正誤表は直接目に触れたと思うが、2004年に出た小学館文庫は単行本に何の手も加わっていなかった。私の正誤表は黙殺され、教授のでたらめ講義はより広まった。「あの教授はインチキだ」という事実は広まった方がいいが、椎名さんの本が粗悪品になってしまうのを避けたかったのだが・・・。

 考えてみれば、単行本の校閲をきちんとやっていれば、私の正誤表のようなものはできていたはずだし、単行本と文庫の編集者がきちんと校正すれば、もう少しマシになったと思うのだが。

 

 これで、本当にこの話題の最終回とする。