2083話 続・経年変化 その47

読書 22 ことばの本4

 タイで暮らしていたころ、ろくにタイ語の勉強をしないくせに、ついついほかのことばに手を出してしまった。タイの主要民族はタイ族だが、東北タイ(通称イサーン)に住んでいる人たちはラーオ族で、タイ族から見れば異民族となる。ラオスのラーオ語はタイ語と文字も違うが、イサーンのラーオ語は方言扱いのなので、タイ文字を使う。ここでおまけの話をひとつ。タイ東北部のことを日本語版ウィキペディアで調べると、「イーサーン」が見出し語になっている。タイ語の綴りはイーサーンなのだが、実際に発音はイサーンになる。英語版Isanには発音例がついているので、「イサーン」と発音しているのがわかる。

 私はイサーン音楽をよく聞いていて、コンサートにもよく行った。司会もコメディアンもイサーン方言を使う。タイ語とは明らかに違うことがわかる。タイ語の「愛する」は「ラック」だが、イサーンでは「ハック」になる。「~ですか?」という疑問文はタイ語では文尾に「マイ?」をつけるのだが、イサーン方言では「ボー?」となる。会話に「ボー」がよく聞こえたら、イサーン方言で話しているとわかる。

 バンコクの本屋で『イサーン語・タイ語辞典』を見つけた。1000ページを超える大著だ。買ったときにさらっと見ただけで、それっきりになっているのだが、今書棚から取り出して、驚いた。「\4920」という値札が付いている。ということは日本で買ったということで、こういう本を売っていたのは神保町のアジア文庫しかない。バンコクでも見たことがない本だから、「買っておかねば」と思ったらしい。いつもながら、私の記憶はあてにならない。

 イサーン(タイ東北部)の南部は、すぐ南がカンボジアなので、カンボジア系の住民が多く住んでいる。イサーンはもち米を主食にしている地域だが、スリン県ではうるち米を主食にしている人が多い。日常使っていることばも、タイ語でもラーオ語でもなく、カンボジア語(正確にはクメール語)の方言だ。少し解説をしておくと、カンボジアにはいくつもの言語があるが、クメール族が使うクメール語が主要言語になっている。

 タイ東北部の南部で、医療活動を行なう外国人やタイ人向けに作ったのが、”Surin Khmer Conversation Lessons(Mahidol University , 1984)だ。タイ文字表記のクメール語タイ語、英語の3言語で医療活動に必要な単語や会話を集めている。私にはこういう辞書の必要性などまったくないのだが、書店で見つけると「次回は、もうないかもしれない」と思って、ついつい買ってしまうのだ。なにかの原稿のネタにでもなればいいと思たのだが、そういう出番もない。

 タイにいるんだからタイ語の勉強に励めばいいのに、ついついほかのことばが気になってくる。あるとき、ジェスチャーや指の形で、何かの意味があるのか考えた。日本なら、小指を立てて、恋人(女)や女房のこと。人差し指と親指で丸を作れば、OKかカネといったしぐさで、そういうものがタイにもあるのだろうかと思った。折に触れて、書店で資料探しをしていたら、見つけた。あった、あったと喜んだのだが、よく見ればそれは手話のテキストだった。

 そんなときに日本で見つけたのが、『世界20カ国 ノンバーバル事典』(金山宣夫、研究社出版、1983)だ。

 例えば、「人差し指を立てる」だと、調査した20カ国では

  • 1位、1回・・・
  • 注意

 ところが、「中指を立てる」だと、日本・韓国・香港を除いて、ひどい意味になる。

 「コブシから親指の先を出す」という仕草は、調査した20カ国では日本同様性的な意味がある(英語ではFig Signという)のだが、残念ながらこの本ではブラジルの事情に言及していない。ブラジルの女性歌手(アルシオーネだったような記憶がある)のレコードジャケットがこの形のアクセサリーだったのでびっくりしたのだが、調べてみればブラジルではFigaフィーガという幸運の印だとわかった。

 それでは、日本ではスリを表すひとさし指を曲げたポーズは、外国ではどういう意味があるのか・・・などとこの本の先を読んでいくのが楽しい。