2084話 続・経年変化 その48

読書 23 アジアの本

 書き出せばキリがない分野だから、ここではごくあっさりと書く。じっくり読みたい人は、このコラムの1話から全編読んでみるといい。アジアの本について、いくらでも書いている。

 小学生時代に読んだアジアの本で記憶に残っているのは、『ビルマの竪琴』(竹山道雄)と、河口慧海(かわぐち・えかい)の伝記。もちろん、少年向きに構成した本だ。

 中学時代はいわゆる冒険探検記に始まり、高校時代にはやさしい学術調査本へと変わる。世界探検記のような本を多く読んでいた中学生は、その後、本多勝一の『カナダ・エスキモー』(1963)、『ニューギニア高地人』(1964)、『アラビア遊牧民』(1966)、そして、『食生活を探検する』(石毛直道、1969)を読んだことで、研究者が書いた本を多く読むようになった。もはや秘境探検には興味がなかった。大学の探検隊に参加するという未来を夢に見たこともなかった。私はすでに、外国の街をひとりぶらぶら散歩する旅に魅力を感じていた。ひとりで、散歩である。特に何かのきっかけがあったとは思えない。たぶん、いくつもの要素があると思う。「団体行動が嫌い」ということは確実にある。「田舎が嫌い」ということもある。「色気づいて、街散歩をしたい」と思ったということもあるだろう。

 高校を卒業した1971年の5月に買ったのは、『脱にっぽんガイド』(牛島秀彦)、『若い人の海外旅行』(紅山雪夫)、『インドで考えたこと』(堀田善衛)、『インドで暮らす』(石田保昭)、『インド史』(山本達郎)、『アフガニスタンの農村から』(大野盛雄)などだが、有名なインド本2冊は読んでもピンと来なかった。それから30年以上たって、スペインを調べる過程で堀田善衛の本を読み、ついでということで『インドで考えたこと』を再読したが、名著だという印象はない。その本がでた1957年以降、長い間「類書無し」ということで、堀田の本がいくども取り上げられる結果となったと思う。つまり、希少価値だ。

 1970年代からアジアの本を買うようになり、ライターとなってから資料としても買うようになり、アジアの本を書くようになって当然買う本は急激に増えていった。その折々に読んだ本をあげていくと数十冊か数百冊になりそうで収拾がつかない。だから、今回の話は、この1回で終える。

 手短に書くからと言って、古本屋が喜びそうな高額の本をリストするというのは嫌味だし、希少と言うだけなら、タイで手に入れた資料は、おそらく今タイに行っても手に入らないが、欲しがる人はいないだろう。日本語の資料では、かつてタイで発行していた日本語週刊新聞「バンコク週報」の合本がある。タイの英語新聞のバックナンバーはアジア経済研究所にあるが、学術資料としてはあまり重要とは思えない「バンコク週報」のバックナンバーは、どこの図書館でも揃えていないだろう。

 マレーシアの漫画家ラット(Lat)の話をしようか。彼のマンガが好きで、マレーシアに行くたびに買っていた。久しぶりにマレーシアに行ったのは十数年前で、クアラルンプールの大型書店で買い残したラットの本があれば買っておこうとしたのだが、ラットの本は書棚にほとんどなかった。

 今ウィキペディアで「ラット」を調べてみると、充実した記事があった。著作リストを見ると、2000年以降に出版した2冊はまだ手に入れていないことがわかったが、マレーシアの本屋で買えるのかどうかわからない。

 そういえば、数年前のことだが、日本のテレビが放送したマレーシアの旅番組にラットが登場したことがあった。ラットを取り上げた番組ではなく、旅の中でであった人という設定で5分ほどの紹介だった。番組のエンドロールを見ていて、謎が解けた。その番組のコーディネーターが荻島早苗さんだ。ラットの『カンポンのガキ大将』(晶文社1984)を末吉美栄子さんと一緒に翻訳した人で、『宝島スーパーガイドアジア シンガポール・マレーシア』(JICC出版局、1983)の書き手のひとりだ。

 1990年代までは、アジアを研究する学者は少なく、アジアを書くライターはもっと少なく、たとえ面識がなくても、インドネシアなら某氏といった具合になじみの人ばかりだった。

 信じられないかもしれないが、ガイドブック以外で1冊丸ごとバンコクについて書いた最初の本が出たのは1990年だ。『バンコクの好奇心』(前川健一、めこん)という本で、一般書としてはやはり初めてバンコク都全図を載せた。たぶん、いまでも全図を載せているガイドブックはないかもしれない。本腰を入れて、バンコクという街とつきあってみようという人がいないから、「これぞ、バンコク本の傑作!」という本が出ていない。しかし、例え、本腰を入れてバンコクを書くライターが登場しても、その人が書いた本を読みたいという読者はほとんどいない。

 手元のアジア関連書をいつ売り払ってしまおうか考えている。