263話 マドロスの基礎研究ノート その2


 「マドロス」という語が、どの程度、どういう意味合いで使われていたのか、もっと調べて みたくなった。この語が日本に入ってきたのは幕末だとしても、「マドロス」という語のイメージから、どうしても岡晴夫美空ひばりを思い浮かべてしまう。 やはり、1950年代あたりが一種の「最盛期」だろうが、戦前でもよく使われていたようだ。
 神戸大学図書館で保存整理している昔の新聞記事を調べてみる。
 大阪時事新報 1930(昭和5)年、8月7日
  「メリケン波止場を吹きまくる不景気風」という見出しで、「一九三〇年代の海運界風景たつ大繋船は世界の港々に大量のマドロス失業者を続出しているが・・・」
 あるいは、大阪朝日新聞 1940(昭和15)年、2月6日の見出し。
  「出るゾ危険手当 『七つの海』のマドロスへ」
 あるいは、また、国民新聞 1915(大正4)年、2月14日
  「南洋貿易有望」という特集記事のなかに、南洋で売れる商品のひとつが、「マドロス襟」の服だとしている。しかし、それがどういう襟なのか、不明。
 こういう新聞記事でわかったのは、「船員」と「マドロス」は同じように使い、現在でいえば、「トラック運転手」とも「トラックドライバー」ともいうように、どちらの語を使おうが、別段、意味やニュアンスに違いがあるように思えない。
 マドロスについて調べていて気になったのは、さまざまな資料に「船員」と「海員」という両方の用語がでてきて、よくわからないことだ。「海員」という語 になじみはない。わずかに、横浜中華街の安くてうまい店「海員閣」の名で知っているだけだ。だから、歴史的用語だと思ったのだが、そうではなかった。
 船員法による「船員」とは、「日本船舶または日本船舶以外の国土交通省令で定める船舶に乗り組む船長及び海員並びに予備船員」のことだとしている。した がって、海員とは船長と予備船員以外の乗組員をいう。予備船員というのは、乗船してはいるが、交代要員や怪我や病気のために仕事をしていない船員のことら しい。
 しかし、これで、きれいさっぱりとわかったかというと、とんでもない。なぜ船長とそれ以外の乗組員を区別する語が必要なのか、わからない。あるいはまた、実際に区別しているのかどうかもよくわからないのだ。
 例えば、これだ。全国船員厚生施設協議会加盟施設というのが全国にある。施設名を見ると、「船員会館」もあれば、「海員会館」もある。横浜海員会館の案 内を見ると、「船員及びその家族の方々に・・・」とある。それなら、船員会館でいいじゃないか。わざわざ海員などという語を使うことはない。
 わからないことだらけで、泥沼にずぶずぶと沈んでいきそうなので、次回は方針を変えて、芸能からマドロスを眺める。