319話 『韓国食材図鑑』が欲しい

 浜井幸子さんの最新刊『ソウルでいただきます!』(徳間書店)は、出版されてすぐに読んだのだが、すでに書きためた原稿がいくつもあったので、ここで紹介するのはすっかり遅くなってしまった。この本も、いつもながらの上出来だ。「生涯、一(いち)スクラッパー」を自称し、料理写真のスクラップブック作りを生業と決めたらしい。
 アジアの食べ物のことで、教えて欲しいことがあって、浜井さんに問い合わせると、的確にして充分な回答を送ってくれる。そういうやりとりでわかることは、100取材して10か20しか書かないのが浜井流だということだ。20のことが書いてあるから、20の情報しか持っていないライターだと思うと、とんだ過小評価になってしまう。10取材して100書くようなライターが多いなか、彼女はいまどき珍しい存在だ。
 だから、取材成果を存分に発揮して、食文化研究へと歩みを進めて欲しいと進言するのだが、「いえいえ、私など・・・」と、言葉を濁す。出版を考えるなら、私の進言など耳を貸さない方がいい。食文化の本を書こうなどと考えても、「本にしましょう」という出版社が現れないからだ。料理スクラップなら、いくつかの出版社は「出そう」と思うだろうが、前川企画の食文化本では、出す版元はまずない。
以下は、そういうことはわかっていての提案であり、苦言だ。
 世間の「韓流ブーム」がむなしいのは、韓国のテレビドラマと芸能人の本や雑誌は数多く出版されても、韓国映画の資料はほとんど充実しない。韓流おばさん&おねえさんは韓国のテレビドラマには夢中になっても、韓国映画をあまり好きではないらしい。韓国料理の本は数多くあっても、そのほとんどは、日本で韓国料理もどきをどう作るか教える「お料理本」だ。そういう本は、もちろんあっていい。レストランの料理や家庭料理や地方料理など、さまざまなお料理本が出版されればいいと思うが、それと同時に、基礎資料も出してほしい。幸せにも、韓国(朝鮮)の食文化に関する本は、欧米以外では中国に次いで数多く出版されている。しかし、基本となる食材事典がないのだ。
 韓国のテレビ番組、「韓食探検隊」や「本場韓国味めぐり」などを見ていると、登場する食材の正体がわからなくてイライラする。番組を見ながらメモをとり、あとからコツコツと調べていくのだが、どうにも時間がかかる。だから、食材事典を作ってくれたらありがたいと思うのである。例えば『韓国食材図鑑』は、野菜・果物編、魚貝・肉編、加工食品編の3部構成で、カラー写真入り。
 たぶん、この企画は、出す気があれば、それほど時間をかけなくても出版できるはずだ。韓国の野菜に関しては韓国語版がすでに出ているはずだから、和名や学名など加えて的確に翻訳すればいい。
 もし、私の不勉強で、すでに出版されているのを知らないだけなら、「こういう本がすでに出ていますよ」とご連絡ください。お願いします。
 ついでだから、最近出た『食べる旅 韓国むかしの味』(平松洋子、新潮社とんぼの本)についても触れておこうか。韓国の食文化についてそれほど興味のない人にはいい本なのかもしれないが、もうちょっと知りたいと思う人にとっては、情報よりも情緒的な文章が続くのが耐えられないだろう。平松さんも、おそらくは詳しく知っていても、媒体を考えて深く書かないのだろうと思う。だから、けっしてこの本を否定するわけはないが、そろそろもう少し深い話も書いてもらえるとありがたいのだが、書かないだろうなあ・・・。