前回の原稿を書いてすぐ、録画しておいた「韓食探検隊」(韓国のKBS制作の、韓国食文化テレビ番組)のプルコギ特集を見た。それで、びっくりした。前号で書いた甘い甘いプルコギは、ソウル式であって、韓国全土にはさまざまなプルコギがある。薄切り牛肉を2枚の金網で挟んで直火で焼いて、タレをつけて食べるものもある。それだけではない。薄切り牛肉の汁も「プルコギ」として売っているソウルの食堂も紹介されていた。ランチタイムに鍋で煮るソウル式のプルコギを出すと、客の回転が悪くなるので、ひとり用の土鍋に薄切り牛肉と野菜を入れて煮た汁も、プルコギの名で呼んでいる。
60分のこの番組を見てわかったのは、「プルコギ」という料理は説明不可能だということだ。あまりにも変幻自在なのだ。煮ても、焼いても、どういう味付けでも、「プルコギ」と呼んでいるから、プルコギとは「薄切り牛肉の料理」という以上の共通項はない。
このプルコギ特集の回には、我が老師朝倉敏夫さん(国立民族学博物館)が出演していて、焼肉事情を語っている。最近、物忘れが激しくなっているので、もしかすると朝倉さんの話はすでに読んでいるのかもしれないが、「へ〜」と驚くことだった。
プルコギを英語では、”Korean Barbecue” という。店内にジンギスカン鍋を置いた店を、アメリカで見た記憶がある。ところが、ソウル式プルコギの甘さが西洋人にはなかなか受け入れられず、また、鄭銀淑さんが書いているように、ソウルでも従来の甘い鍋料理であるプルコギよりも、肉をそのまま焼く生コギクイが広まっていくと、アメリカでは”Korean Barbecue”ではなく、”Yakiniku”と呼ばれるようになってきたのだという。
いまさら書くことでもないが、日本から焼肉屋の設備一式(ロースターや排気システムなど)が韓国に輸出されるようになると、韓国にはなかった「焼肉」が広まっていき、それまでのプルコギの影が次第に薄くなっていったということらしい。
韓国のKBSは、日本でいえばNHKにあたるような放送局で、やや硬めの内容の番組を作っていて、この「韓食探検隊」も前半はおもしろいのだが、後半がいけない。後半は2部構成になっていて、「後半その1」は、現在の日本ではとても放送できない「インチキあるある大事典」なのである。例えば、10人に筆記試験をするとして、試験直前にプルコギを食べた人と食べていない人を比べると、あら不思議、プルコギを食べた人たちは記憶力が向上している・・・といったウソ臭い内容だ。「後半その2」は、韓国在住の西洋人と、日本とアメリカでロケをして、西洋人と日本人に特集でとりあげた韓国料理を食べさせて、「マッシソヨ!」(おいしい)と言わせるコーナーである。どんな料理でも、毎回「おいしい」と言っていたのだが、プルコギだけは不満が多くて、それはそれとして興味深かった。
この後半部の意図は、韓国料理の国際化である。映画やテレビドラマの「食客」のテーマは、「日本料理が世界で大好評を受けているのに、なぜ韓国料理はまだマイナーなのか。韓国料理の国際化のために努力しよう」というものだ。「食客」を例に、韓国料理の国際化については、すでにこの雑語林の266、267号でちょっと書いているので、興味のある方はそちらもどうぞ。
朝倉さんにこの番組の話をしたら、「その番組、知らないんです」。KBSは、取材した朝倉さんに番組DVDを送って来ない。「珍しいことじゃないですがね」。というわけで、自分が出演した番組がどういう番組かも、朝倉さんは知らないから、私が概要を説明するというおかしなことになった。