412話 路上食の時代

 アマゾンの「洋書」をいくつかのジャンルごとに定期的にチェックしていると、出版の傾向がわかってくることもある。食文化関連の本を調べていると、ここ5年ほどで“Street Food”という言葉がタイトルに入った本が数多く出版されていることに気がついた。外国料理を英語で書いた料理の本というのは、おおむね「料理研究家」や「料理人」が作った料理を、手慣れたカメラマンがスタジオで撮影したもので、作り方中心の内容だ。作り方といっても、その料理を食べている民族が「どう料理しているか」ではなく、遠く離れた本国で、自分たちの舌と腕に合うようにいかにアレンジするかという点が重視されていて、民族誌にも、食のレポートにもなっていないものがほとんどで、資料にはならない。現地で撮影した場合でも、エキゾチシズムを感じさせるアクセサリーでしかない写真が満載されているだけだ。
 しかし、従来の「きれいなだけの写真満載」という内容では満足できない読者が、だんだん増えてきたようだ。ツアーで行ったことはあるという程度の旅行で出会う料理ではなく、個人旅行で歩いた街の料理にも関心があり、「路上で見たあの料理の正体はなんだ。名前は、材料は、料理法は・・・?」といった疑問に答えてくれる本が欲しくなったということだろうか。
 アマゾンに載っている「路上食」の本はみな欲しいが、内容がわからない本に高いカネを出す余裕はない。そこで、仔細にチェックして、とりあえず1冊注文してみることにしたのだが、まだ発売前だったので数カ月は待たされることになった。そして、その本がいよいよ発売されたことを知り、すぐさま注文して、ついさっき届いたばかりだ。
“The World’s Best Street Food” (lonely planet,2012)
http://www.amazon.co.jp/Lonely-Planet-Worlds-Best-Street/dp/1742205933/ref=sr_1_1?s=english-books&ie=UTF8&qid=1336784880&sr=1-1
 この本を注文した理由は、「クリックなか見!検索」という機能で、内容をある程度確認できたことと、発売元がロンリー・プラネットだから、格好だけのスカスカ本じゃあないだろうという読みもあった。それに、1500円ほどという売価の安さだ。
本が届いて、ちょっとびっくりした。ほぼB4の大型サイズで224ページがオールカラー。珍しく、裏表紙に定価がついている。
UK £14.99 / USA $19.99
 こんなに安い理由のひとつは、中国で印刷したからだろう。著者名を表記しなかったのは、書き手が40人以上もいるからだ。おそらくは、ロンリー・プラネットのガイドブックなどで食べ物情報を書いたライターたちの知識を寄せ集める形で作った本だろう。だから、日本風に言えば「ロンリー・プラネット編」ということになるだろう。
 この本は、食べ歩きエッセイではない。1品を2ページで紹介する構成で、左ページにはその料理が、どういうもので、その起源や味やどこで食べられるかといったコラムがあり、右ページにはレシピが載っている。これらレシピは基本的には現地そのままだろうと思われる。料理研究家の勝手なアレンジは、それほど多くはないようだ。ただ、我々が良く知っている食べ物だと、「あれ?」と思う記述がある。たとえば、この本の主要ライターであるTom Parker Bowlesが書いている“Takoyaki”の内容だ。レシピには、「タコ250グラム。エビでも代用可」としているが、エビを入れたらタコ焼きにはならないだろう。ソースは何の説明もなしに、”Worcestershine sauce”となっているが、これは日本のウスターソースの元となったソースで、日本のウスターソースともかなり違う味だ。だから、タコやきに使うソースとは、違いがもっと大きい。Aonori やkatsuobushiの説明はしているのに、肝心のソースの説明がない。こうした例は、たぶん少なくないかもしれないが、文化の翻訳の問題で、難しさはよくわかる。
 紹介されている料理を国別にすると、もっとも多いのがインドで9品。次は5品の、中国、イタリア、マレーシア、メキシコ、シンガポール、タイ、アメリカだ。日本からはタコヤキが参戦しているが、韓国からの参戦はない。韓国は政府をあげて、「韓国料理の国際化」に取り組んでいるが、ロンリー・プラネットの”World Food” シリーズにも韓国編はない。などと、考えながらページをめくっていたら、最後のほうに”South Korea” という国名で、「Hotteok ホットク」が紹介されていた。朝鮮半島から、ただ1品の出場だ。
 この本の優れている点は、さまざまな食材について巻末に簡単な説明がついていることだ。例えば、ブラジルなどのアサイ(ヤシ科)、インドなどのアタ(全粒粉)、バーズ・アイ・チリというのは、タイでは「プリック・キーヌー」と呼んでいる極小極辛トウガラシのことだ。日本の食材では、青のり、鰹節などが紹介されている。
 この本で唯一問題になりそうなのが、その料理の起源や歴史に触れた”origin”というコラムだろう。特に私が知りたいテーマではあるが、もっともよくわからない事項なのだ。異論・異説・俗説を仕分けていくのは、なかなかに難しい。
 アメリカの路上食としてホットドッグを取り上げている。説明の文章を読んでいて「あれれ?」と思ったのは、アメリカのソーセージは豚肉だけでなく、牛肉を使ったものも多く、有名なニューヨークのホットドッグ専門店ネイサンズでも牛肉ソーセージを使っているというのだ。私が無知だからと言ってしまえばそれまでだが、この店でホットドッグを食べているのだが、牛肉だとは気がつかなかった。それはそれとして、記憶に間違いがなければ、NHKの「ためしてガッテン」のソーセージ特集で、「なぜ牛肉のソーセージはないのか」というテーマで考察をした記憶があるのだが・・・。アメリカでソーセージに牛肉も使う理由は、豚肉よりも牛肉の方が手に入りやすいというだけでなく、豚肉を食べないユダヤ教徒に配慮した結果ではないかと、私は推察している。
 この本を読みながら、「そうそう、これ。うまかったなあ」と過去の旅を思いだしたり、「この説明は違うぞ」など突っ込みを入れたりしながら、昼下がりに読むにはぴったりの本だ。深夜に読むと、うまそうな料理写真がカラの胃袋に悪い。「空腹時の読書に、注意!」という本だ。ストリート・フードの本をもっともっと注文したくなるのだが、カネのことを考えたらキケンだ。