565話 台湾・餃の国紀行 26

 台湾雑話 食べ物編 その1

 長らく書き続けてきた「餃の国紀行」は、今回から始まる台湾と食べ物に関する雑多な話の3回を残すのみとなった。財布と神経には優しいが、体重には悪いという国の胃袋物語を3話。
●長い間台湾に行かなかったせいか、しだいに理想化してきたようで、台湾の食べ物がより魅力的に見えていたようだ。旅に出る前は、「台湾では、どこで何を食べても、うまい」というようなキャッチコピーが頭に浮かんでいたのだが、現実の台湾を旅していれば、当然ながら「なんでもうまい」などということはないと、よくわかる。35年前の台湾では、「うまくない」と思った食べ物の記憶がまったくないのだが、それは記憶力の問題か、それとも経済力の問題か。極めて貧乏だった昔は、満腹になるだけで満足だったのだろうか。
●見るからに「裏街」と言う場所で、近所の人に愛され続けてきたという感じの牛排屋(ステーキ専門店)を見つけた。もう40年以上やっていそうな店で、入ってみようかと思った。多分、私にはおいしくないだろうという予感がした。充分に台湾化しているだろうから、研究者としては興味の対象なのだが、食欲と胃袋と旅行者の勘は「別の店にしなさい」と言っている。漢人はあまり牛肉を食べないのだが、台湾には、意外にステーキ屋が多いのである。以下のサイトがその事情に詳しい。http://blog.goo.ne.jp/rtijapaneseblog/e/79d4775e4f4586e298bad86a1dd84e93
 覚悟を決めて、このステーキ屋に入った。近所の人がサンダル履きでやってくるような店で、男子高校生のふたりが食べに来ていた。その店では、一番安い「オーストラリア牛のステーキ170元」を注文。一番高いのは450元。170元は日本円にすれば560円だが、感覚的には1300円のハンバーグ定食か。
 まず、レタスに甘いドレッシングがかかったサラダ。食べ終わると、「ミディアム」と注文したステーキが鉄板に乗って登場。薄い。180グラムくらいか。フニャフニャのスパゲティーに、ミックスベジタブルが付け合わせ。肉にかかっているソースは、中国料理の「あんかけ」のようで、甘く、五香粉のような香りがする。おお、台湾化。塩味が薄いので、塩を探したがどこのテーブルにもない。卓上の調味料は、チリソース、コショー、ウスターソース、ケチャップ。我慢して、このまま「店の味」を味わう。ステーキの後、なぜかパイ包みのコーンクリームスープ。スープは、まあまあ。全体的には、予想通り私の好みには合わなかったが、台湾のステーキの一例はわかった。
スープがメインディッシュの後から出てくるのは、家庭の食事を踏襲しているのだろう。家庭では汁椀を使わず、飯茶碗にスープを入れるので、飯を食べ終わってからスープを飲むことになる。そういう食べ方をする家庭がある。
台北市役所の壁に貼ってあった資料によれば、台湾の牛肉麵を日本のラーメンのようにメジャーなものにしたいという願望で、世界に売り出すために、2005年に牛肉麵フェスティバルを開催したという。あとで調べるとこういうサイトもあり、毎年開催されているらしい。http://www.insightchina.jp/newscns/2013/05/08/105419/?page=1
漢人はあまり牛肉を食べないので、マクドナルドでも豚肉のサムライバーガーができたというのは、今は昔の話。上のステーキの項で紹介したサイトにあるように、いまは牛肉が大好きな国になっている。台湾と牛肉の問題はナショナリズムも関係しているような気がして、深く考察してみる価値はある。
●生まれて初めてだが、出された料理を食べ始めて三口で店を出た。台南郊外の安平の店で注文した炒麵が原因だ。生麺をゆでて炒めるという料理法なのだが、麺の湯切りをしていないものだから、焼きそばが水浸しだ。どこかでまぎれたメボウキ(Ocimun basilicum)、台湾ではたぶん九層塔、タイでバイ・ホラパーと呼ぶハーブが一枚紛れ込んでいて、全体がこの葉の匂いがついてしまった。たくさん入っているエビは生臭く、とても食べられない。無理して三口食べたが、「こんな料理で満腹してしまうと、ほかの料理が食べられなくなる」という悔しさがわきあがり、すぐさま席を立った。日本人ほど麵の湯切りに神経を使う民族はほかにあるだろうかと考えながら、店を出た。汁浸しの炒麵は、台湾ではそれほど珍しいものではないらしい。
●台湾で何度も湯(スープ)を飲んだが、その8割ほどが薄かった。日本の炒飯のスープに同量の湯を入れたようなものだから、うま味も塩味も薄い。どうやらこの薄さが、台湾スタイルらしい。そういう薄味が好みなら、なぜこってり豚骨ラーメンに人気がある理由がわからない。この話題は、あとで触れる。
●私が食べに行くような店では、箸はビニール袋入り竹の丸箸だ。袋から箸を出した人は、割り箸ではないのに、両手に1本ずつ箸を持ち、互いにこすり合わせるしぐさをする。日本の昭和の時代、質が悪くてささくれ立った割り箸をこすりあわせることでなめらかにしていた名残りで、日本時代からの習慣が、まだ続いていることがわかり、なんだか微笑ましい。ある自助餐で、テーブルに伝票刺しが置いてあるのに気がついた。太い針が上を向いていて、伝票を刺すのに使う道具だ。自助餐には伝票などないのにと思っていたら、ビニールの箸袋を刺しておくのに使っていた。扇風機の風で、ビニール袋が飛んでしまうからだ。
●台湾では、使い捨てのコップに注意が必要。紙製であれプラスチック製であれ、これほど薄くしなくてもいいだろうと思うほどの極薄製品だから、箸で絹ごし豆腐をつまむような細心の注意で持ち上げないと、「クシャ!!」とひしゃげて、中の液体がこぼれる。