566話 台湾・餃の国紀行 27

 台湾雑話 食べ物編 その2


●台湾に行ったら食べてみたと思っていた食べ物のなかで、今回は食べる機会がなかったのが油飯だ。醤油味の豚肉炊き込みご飯なのだが、肉粽(ちまき)のような味だ。安全旅社の近くに、油飯と魯肉飯(ルーロウファン、ひき肉のせご飯)の店があり、安いのでかつてはよく食べていた。士林の夜市で油飯を見かけたが、これだけ食べる店ではないので、つい食べそびれた。この2品の飯と、素ラーメンのような陽春麵(ヤンツーミエン)の3品が、かつての貧乏旅行者の命の綱だった。
臭豆腐と言う料理がある、その名の通り、発酵させて臭くなった豆腐を揚げたものだ。そういう食べ物があることは知っているが、食べたことはない。私は臭い食べ物が嫌いなのだ。今までずっと食べずにいたのだが、そろそろ食べてみようかという気になって、臭豆腐を売る屋台に近づいたものの、臭気が耐えられず、断念。なんで無理して、汲み取り便所で厚揚げを食わなきゃいけないのかというくらい、臭い。何人かで食べるなら、ひと口でやめることもできるが、私ひとりでは、ひと口かじって、あとは残すことになるかもしれない。呑み込めないかもしれない。臭いとわかっていて注文し、しかし「食べられませんでした」では失礼だと思い、注文しなかった。
 別の日の別の屋台では、臭豆腐を甘辛く煮込んで串に刺して売っているのを見た。あれなら我慢して食べることができるかと思って眺めていると、屋台のおやじはおぞましき香菜(コリアンダー、タイ名パックチー)をその上にのせている。これは、臭豆腐×0で臭気を相殺して計0になるのか、あるいは臭気の2乗になってより臭くなるのかわからなかったので、食べなかった。
●「香菜を入れないで」を華語で言うくらいは簡単で、「不要香菜」か「不要放香菜」で通じるのだが、料理を注文するたびに毎度しつこく言わなかったのは、台湾の香菜はタイのものほど臭くないからだ。スープにはたいてい入っていたが、量が多い時にのみ取り除いていた。ある自助餐で、私の向かいに座っている男も、スープから香菜を取り除いていて、うれしくなって連帯のあいさつをしようと思ったが、私を見てくれなかった。
●高雄を散歩していて、「松田寿司」という古めかしい看板を出している店を見つけた。店といっても客席は歩道で、屋台と大差ない。日本人がやっている日本人相手のすし屋なら入らないが、台湾に残されたすしなら食べてみたい。台湾料理を食べる計画は中止して、台湾のすしを昼飯にした。太巻きといなりずし、そして味噌汁を注文した。味噌汁の具は乾燥ワカメと高野豆腐など、市販の味噌汁の具だろう。味噌汁そのものもまったくの日本人向けの味で、うまかった。いなりずしは飯が堅くぽろぽろだった。太巻きは卵焼き、でんぶ(田麩)、ソーセージを巻いたもので、1切れ食べて、不覚にも涙が出そうになった。でんぶと酢飯の太巻きを食べるのは、50年ぶり以上だろう。遠足や運動会のときに母が作ってくれたのり巻きそのままの味で、割烹着姿の、あのころの母を思い出してしまった。私はでんぶは好きではないので、小学校高学年になったときには、母はもう作らなかったから、でんぶが入った甘いのり巻きは私にとって1950年代の味なのだ。韓国ののり巻きは酢飯ではなく、ごま油やごまを使うので、完全に韓国ののり巻きに変身しているが、台湾には「昔の日本」が残っていた。
 帰国して調べてみたら、この店はネット上で情報が多い。
http://tactac38.pixnet.net/blog/post/38130247-%5B%E9%AB%98%E9%9B%84%5D-%E6%9D%BE%E7%94%B0%E5%A3%BD%E5%8F%B8
 地元の人には、いわゆる「知る人ぞ知る」店らしい。レトロ趣味ということもあるだろう。『地球の歩き方 台湾』では、なぜか「蒲田寿司」になっている。
●カレーライス、いやライスカレーもまた、日本が残したものだと思う。台湾の古いタイプのカレーは、日本の学校給食のカレーと言おうか、1950年代の家庭のカレーと言おうか、黄色くて、ジャガイモが目立ち、あまり辛くない。そこまでは、じつは韓国のカレーと同じなのだが、そのあとの道のりが違う。韓国では、韓国産のカレー粉を作り、そのまま黄色く辛くないカレーが定着したが、台湾では日本のカレールウが入り、色が茶色くなり、多少は辛くなった。そして、エスニックブームのなかで、インド式カレーも入ってきた。未確認だが、マレーシアやシンガポール華人から、マレー料理のカレーも入ったと思う。今、スーパーに行くと、「日式」(日本式、日本風)と書いたカレールウがいくらでもあり、そういうルウを使ってカレーをつくれば、現在の日本のカレーに近い食べ物になる。
 町にカレー店があるというだけではなく、台北駅の微風(ブリーズ)というショッピングセンターには、カレー名店街がある。コンビニなどでは、カレーフェアが開催されて、菜食カレーとかインド風マサラカレーなどが冷凍弁当になって売っている。ものは試しと、ある日の夕食をコンビニ食にしようと思い、セブン・イレブンの「馬薩拉濃焙咖哩 中辛」(マサラ濃厚カレー 中辛)65元を買い、店で温めてもらい、宿で食べた。この冷凍弁当は、カレーと飯が2段に分かれていて、温まったら、カレーを飯にかける方式だ。これは・・・うまい!! じつに、うまい。量はちょっと足りないが、インド料理として通用するもので、じつは日本に持ち帰っておみやげにしようと思ったほどうまかったが、冷凍商品なので断念した。日本でも売っているのだろうか。台湾では、すでにカレーはすっかり定着して、カツカレーやオムライスカレーなども好評だ。カレー餃子もあるが、これは食べたくない。
●せっかく台湾に来たのに、コンビニでおにぎりや弁当を買って食べるのは間違っているという批判を受けそうだが、それはちょっと違う。台湾の名店の料理は、日本の支店でいくらでも食べることができる。ところが、自助餐の料理やコンビニの食べ物は、現地に行かないと食べられないのだ。しかも、実際に食べてみないと味も香りもわからない。「現地ならでは」と言うなら、研究者にとってはそういう安い飯が適切な選択なのだ。
●台湾にも飲み物の自動販売機はあるが、日本のように路上に放置されたものを見た記憶はない。動物園や学校などどこかの施設内に設置されているのが大半だろう。日本語の表示そのままというのもあり、日本で使っていた販売機の中古だろう。ただ1度、公園に設置してあるのを見たことがあるが、まるで動物園の猛獣小屋のように鉄の檻に入れられていた。販売機のカネも商品も、簡単には盗めないようになっていた。自動販売機は、その国も治安事情を表す物差しのひとつである。