785話 インドシナ・思いつき散歩  第34回


 コム・ビンザン

 コム・ビンザンによく通った。私が好きな食堂だ。Quan(店) com(飯) binh dan(大衆)、あるいは、短くcom binh danという種類の食堂だ。翻訳すれば、「大衆食堂」になるだろう。このコラムで何度も書いているように、北部ではdはz音になるので、danはザンになるが、南部ではヤンになる、街を散歩していて、「Com」という看板を見つけたら、そこが食堂だ。昔の日本の、看板やのれんの「めし」という文字にも似ている。コム・ビンザンは、あらかじめ作ったおかずをバットに入れて客を待つ店で、客の注文によって料理する店ではない。料理名がわからなくても、ベトナム語がわからなくても、バットの料理を指さすだけで注文が完了するから、外国人にも人気がある。外国人で、私のようにひとり旅で、しかもいろいろな料理を食べたい者には絶好の食堂だ。旅行者に人気だから、画像は豊富にある。どれも、うまそうだ。
https://www.google.co.jp/search?q=com+binh+dan&biw=1745&bih=859&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjzwtDK177JAhXiK6YKHbWgCScQ_AUIBygB
 料理の出し方は人数によって違う。ひとりで食べる場合は、大皿にご飯とおかずを盛り合わせにする。昼飯時に店を出す露店に近い店だと、品数が少なく、基本的にどの客にも盛り合わせにする。店舗を構えた店だと、数人で食べる客もいるので、おかずはそれぞれ小皿に盛り、ご飯は大きな丼にまとめて盛り、客は小さな茶碗に取り分けて食べる。
 したがって、食べ方は2種ある。皿に盛り合わせた場合は、皿の飯を箸では食べにくいので、飯にスプーン、おかずに箸ということになる。韓国人のようにいちいち持ちかえたりせずに、左手にスプーン、右手に箸で食べる人が多い。飯を茶碗で食べる場合は、基本的には箸だけで食べる。スープを飲む場合は、スプーンも使う。
 タイのように、皿に盛り合わせた料理を、スプーンとフォークで食べるというならそれでもいいが、皿に盛った飯を箸では食べたくない。だから、私はベトナムでも、できるなら、飯は茶碗でもらった。そういえば、台湾の食堂でも、「盛り合わせランチ」というようなものがあり、大皿に小山の飯を盛り、その周囲におかずを配置して定食風にする。タイ以南の汁かけ飯文化圏と、箸で食事する中華文化圏の違いだろう。ただし、大皿盛り合わせ飯はアメリカ人も好きな食べ方なので、その歴史は調べてみる価値はある。それはそれとして、日本の食堂で、皿の飯を「ライス」などと英語で呼び、ナイフとフォークで食わせるのは気に食わないので、そういう店には入らない。
 ハノイの夕食は、同じ店で食べることが多かった。食文化研究者としては、毎日違う店で、違う系統の料理を試してみる方がいいのだろうが、「うまいものを食べたい」という欲望の方が強く、足は毎日その店に向かった。店は同じでも、食べる料理は毎回違った。店内の料理は、上の写真で紹介しているように数多く、どれもうまそうだった。「これはやめよう」と思った料理は、ニガウリ以外ひとつもない。
 どれもうまそうで、食べてみれば確かにうまいのだが、いささかの疑問もあった。「これ、全部、中国料理じゃないの?」という疑問だ。さまざまな野菜の炒め物、骨付きトリ肉のショウガ煮込み、豚の角煮、豆腐の塩味煮込み、豆腐とトマトの炒め物、幾種類もの魚のから揚げ、卵焼き、ゆで豚、叉焼、エトセトラ、エトセトラ・・・・。料理によってはヌックマム(魚醤)を使っているものもあるが、違和感はない。香草を使った料理も少なく、辛いトウガラシが入った料理もない。ベトナムの料理のなかの、あるグループのものだけ、つまり中国料理に非常に近いものだけを食べてきたような気がする。そういう疑問はあるが、滞在期間が極めて短いから、一気にいくつもの料理をひとりで食べようとすれば、こうしたコム・ビンザンが最適だった。
 ヌックマム(魚醤油)といえば、食堂のテーブルに置いてあったので、小皿に注ぎ、なめてみたら、うまい。タイの、安いナムプラーは塩辛いだけだが、この食堂のヌックマムはまろやかで、うまい。サイゴンの食堂でも、卓上のヌックマムを探したのだが、見つからなかった。薄くて甘いタレがついてくるだけだったから、サイゴンの料理に不満があった。何度も書くが、私の体験は極めて限定的なので、サイゴンでも卓上にヌックマムを置いている店はきっとあるだろうと思う。
 台湾を知っている人は、自助餐という種類の食堂を思い出すだろう。
https://www.google.co.jp/search?q=com+binh+dan&biw=1745&bih=859&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjzwtDK177JAhXiK6YKHbWgCScQ_AUIBygB#tbm=isch&q=%E5%8F%B0%E6%B9%BE+%E8%87%AA%E5%8A%A9%E9%A4%90
 タイでは同じような食堂を、「ラーン・カオケーン」(汁かけ飯屋)という。
http://blogs.yahoo.co.jp/tantawan2008/6867931.html
 どちらの店も私好みの食堂だ。
 台湾では紙皿・紙椀を使うのだが、タイではプラスチックの皿・椀を使う。ベトナムでは、私の数少ない体験では陶磁器の食器が多かったのだが、画像検索をすると、プラスチックを使うことが多いようだが、マレーシアやシンガポールのように、オレンジ色や紫色や緑色の皿を使うことはあまりないと思う。