712話 台湾・餃の国紀行 2015 第17話

 台湾の薄味について、あるいはラーメンの話 その3


 台湾のラーメン事情について調べていたら、どうしても韓国のラーメン事情についても書いてみたくなった。その事情が両国とも似ているからだ。
 韓国のラーメンは「ラミョン」といい、インスタントラーメンを指す。家庭や職場などで、カップ入りのインスタント麺に、湯を注いで作り食べるのは日本も台湾でも同じなのだが、韓国では袋入り麺の食べ方が、ほかの国とは違う。ラーメン屋や食堂のラーメンもインスタント麺だ。食堂で、鍋物「シメ」に、インスタント麺を放り込むという食べ方もある。ラーメン店では、鍋物になぞらえて、具だくさんの汁にインスタント麺を入れて煮込んだものを、アルミ鍋のまま客に出すというのが、韓国式ラーメンとラーメン屋の姿だ。袋入りの麺は、沸騰した湯に割り入れて煮込むのが、韓国式袋入り麺の食べ方だ。
 そういうラーメン事情を変えたのが、日本のラーメンだ。生麺をゆでて、丼に入れ、スープを注ぎ、具をのせる。こういうラーメンは、韓国にはなかった。日本から新しいラーメンがやってきたのだ。
 まず、この記事を読んでいただきたい。ブログの1文で、タイトルは「韓国人が嫌いな日本の食べ物」。公表されたのが1999年ということに注目する。韓国在住匿名日本人が想像で書いたものだから、信憑性はあまりないが、1999年当時の韓国の雰囲気はわかる。
 この文章によれば、韓国人が嫌いな日本の食べ物は、6位抹茶、5位わさびのふりかけ、4位梅干し、3位お雑煮、2位青い魚、1位ラーメン(「油ギトギトが嫌いのようです」と解説アリ)。順位はともかく、生麺を使った日本のラーメンが嫌われていた時代があったことがわかる。ラーメンと共に時代の変化を感じさせるのは、抹茶だ。今では、ケーキやアイスクリームなど、抹茶を使った菓子類はいくらでもある。
http://www.ysugiyama.com/vinyl/topic/199902-01.html
 次は、1999年から8年後だ。インターネットの記事をていねいに読んでいくと、なかなかに興味深い記事が載っているのがわかる。韓国観光のサイト「Seoul Navi」に、2007年のソウル・ラーメン事情を伝えるコラムがある。
 日本式のラーメンを出す店を5軒紹介しているのだが、編集部の注釈がついていて、そのうち3軒が2007年中に閉店していることがわかる。出店するが、すぐに討ち死にした例も多いということか。2008年になっても出店が増え、朝鮮日報(2008 ,1,1)では「韓国に本格的ラーメンブーム到来」と報じている。
http://www.seoulnavi.com/special/5000650
http://www.kbn-japan.com/KN080102-01.htm
 韓国における日本式ラーメンの店舗数統計と言うものがあるのかどうか知らないが、2008年以降、日本式ラーメン店が増えているようだ。台湾・韓国両国と日本との旅行事情(ビザ免除など)も踏まえて論じると、ちょっとした論文になるのだが、ここではそこまでは書かないが、訪日韓国人の推移だけに注目しても、ラーメンとの関係が見えてくる。訪日韓国人は、2005年に175万人だったが、2007年には260万人、2008年には238万人と、一気に増えた。その後、急激に減ったり増えたりするのだが、2014年には276万人まで増えている。つまり、日本で「本場のラーメン」を食べたに違いない韓国人の数と、ソウルの日本式ラーメン店の増加には、どうやら深い関係がありそうだと推察できる。
 台湾人の日本入国者数の推移を見ると、2005年に127万人、2006年には130万人になっている。2011年の東日本大震災で減少するものの、それ以後倍増の勢いで、2012年は147万人、2013年は221万人、2014万人283万人に増えている。台湾におけるラーメン店の店舗数統計と言うものがないので、日本に来た韓国人や台湾人数とラーメン店の関係を、実証的に解説することはできないが、「どうも、なにかあるぞ」程度のことは言えそうな気がする。
 ラミョン(ラーメン)といえば、インスタント麺しか食べていなかった韓国人が、日本で生麺のラーメンを食べて、「うまい」と思ったようだ。それで、そういう韓国人向けに日本式ラーメン店を韓国で開き、成功しているという構図が想像できる。
 そういう歴史的変化が手に取るようにわかるのが、韓国ドラマ「イケメンラーメン店」だ。韓国のラーメン事情の資料を求めて、無料動画サイトGyaoで韓国ドラマを調べたら、「ラーメン」をタイトルにしているドラマが見つかり、すぐさま見た。ドラマとしては、当然と言うか、私向きではないのでおもしろくはないが、ラーメン事情を知るには1級の資料だった。
 「イケメンラーメン店」は2011年の10月から12月にかけて放送されたドラマだ。この2011年放送という時代に意味がある。
http://www.tbs.co.jp/hanryu-select/ikera/
 ドラマの、ラーメンに関係する部分だけ要約する。昔ながらのアルミ鍋で煮込んだラーメンを出す店の主人が病気で亡くなり、その娘が若者の力を借りて、父のラーメン店を立て直していく物語だ。娘は、いかにも「昔ながらの食堂」という店を改装する。店の中央に厨房を移動させ、その周りをカウンター席にする。カウンター席というものは、集団で飲み食いしたがる韓国人にはなじめないものだったのだが、店内も日本式にした。麺は従来のインスタント麺(乾麺)と生麺の両方を用意した。全面的な日本化はしないのだが、日本のようにラーメンは丼で出すことにした。
 というわけで、ドラマの上では2011年に、旧ラーメンから新ラーメンに移行したということになる。「ラーメンと台湾と韓国」というテーマは、きちんと調べれば修士論文くらいにはなるおもしろさがある。
 「台湾の薄味」の話は、今回で終える。