1042話 韓国食文化と血


 韓国の食文化を扱うテレビ番組を見ていると、「あれ?」と疑問に思うことがある。料理の仕方が、常識を外れているのだ。料理の常識というのはそれぞれの民族や地域によって違うことはわかっているが、それでも大筋というのはだいたい決まっている。そう思っていたのだが、これは違った。「常識」という言葉に問題があるなら、「多数派」と言い換えてもいい。
 韓国の食堂で、仕込みのシーンを見た。牛肉料理だ。前夜、大きな肉の塊を大鍋に入れて、水を注ぐ。水量をわずかにして、朝まで流し続ける。肉の血を抜くためだ。翌朝、鍋の水を変えて、火にかける。沸騰したら、肉を取り出し、水洗いする。鍋の湯を捨てて、肉を戻して、水を注ぐ。ここから本格的に煮込むこともあるが、場合よってはまたゆでて、水洗いしてから煮込むことがあるようだ。「こういう作業をていねいにして、血抜きするのです」というナレーションが入る。血は抜けるが、味も抜けるだろうに・・・。
 中国料理でも、豚足を下茹でしてから、煮込むことはある。骨やその周辺についている血などを取るためだ。豚骨でスープをとる時も、一度さっとゆでて、肉についている血や体液やゴミなどをとる作業はある。水からゆでるとダシが出てしまうから、熱湯に入れてさっとゆでるのだが、韓国では水からゆでている。
肉をゆでて、そのゆで汁を捨ててしまうというのが沖縄の豚足料理、「あしてびち」だ。沖縄では汁のだしは通常昆布だ。ヤギ汁の場合は骨付き肉を水洗いして、下茹でしてから煮込む。肉を食べていながら、肉らしさを極力消そうとしているのだ。
 だから、韓国の場合も沖縄と同じように、血や肉の匂いを極力消そうとしているのだと解釈すると、とんでもない。韓国人は血の匂いも好きなのだ。だから、わからなくなるのだ。
 ソンジクックという料理がある。牛の血をプリン状に固めた汁だ。スンデという料理もある。モチ米、春雨、香味野菜にたっぷりの豚の血を混ぜて、腸に詰めたソーセージだ。血のソーセージは世界各地にあるのだが、血の匂いがきついから、多くの日本人は好きになれない。
 http://dilbelau.hamazo.tv/e2794828.html
 https://www.konest.com/contents/gourmet_guide_detail.html?sc=2044
 朝鮮の屠殺技術が低いので血抜きができていないからゆでて血を抜くのだとか、韓国人は血の匂いが嫌いだから、牛肉の塊から執拗に血を抜くという説が正しいならば、血を使った料理などあるはずはないのだから、私の理解を超えている。 
 日本には血のソーセージもないし、血を固めてレバーのようにした食品もない。日本のなかでは肉を食べる習慣が強かった沖縄でも、肉の臭気を嫌う。だから、日本人は血を捨てるのだろうと思っていた。ところが、そうでもないことを知った話を、このアジア雑語林の447話(2012.9)で書いている。その部分をちょっと引用する。

 先日、内容も確かめないまま、昔の番組を放送する「NHKアーカイブス」を見ていたら、その回は「きょうの料理」(1987年放送)の再放送だった。テーマは秋田のきりたんぽ鍋。スタジオ収録ではなく、秋田の家庭に行って撮影している。
 比内鶏を使うのが、正式なきりたんぽ鍋なのだという。家庭では肉だけでなく、骨も肉と一緒にたたいて肉団子にして鍋に入れるそうだ。「ニワトリは、くちばしと鳴き声以外すべて食べる」というナレーションが流れた。「でも、羽根は食わないよなあ」と、チャチャを入れた。
 古い家できりたんぽ鍋を食べるシーン。40代後半と思われる主婦がしゃべりだす。
「昔は、トリの血も使ったね。血を丼に入れて置いて、固まったら鍋に入れて食べてました」。

 日本でも獣血を食べることはあったのだが、トリの血なんか大した量ではない。肉を食べることにまったく問題が無くなった現在でも、日本では血の料理はまだ表舞台に姿を見せない。
 東南アジアでは、どうか。タイには血を固めた食材もあるし、豚の生肉のみじん切りの血を混ぜた和え物もある。マレーシアではタイほど血は利用しなくなると思う。インドネシアでは、血の料理は少ないと思う。イスラム教世界では、血は不浄だから、獣血は捨てる。
 韓国では牛肉にしみ込んでいる血はひどく嫌うが、血の料理は食べる。豚の血は大好きという理屈がわからない。
 う〜む、わからん。
 世間には料理研究家は数多くいるが、食文化研究者となるとわずかしかいない。料理のアイデアは「クックパッド」などにあまたあるが、残念ながら「血と食事」といった問題を考える人はとても少ない。

追伸:友人の竹井恵美子さんから、「沖縄にチーイリチャーがありますよ」というメールをもらった。そうだ、沖縄に豚の血の料理があることを忘れていた。詳しくは、次の記事。
http://www.dee-okinawa.com/topics/2016/06/chi.html