2094話 続・経年変化 その58

食べ物 3 焼きそば

 ちょっと散歩をして、帰国しました(SPAMメールが182通だぜ)。その旅の話を載せるには、これから資料を買い集めて読んで書かないといけないので、まだまだ先ということで、経年変化の話をしばらく続ける。

 

 外国を旅していて、日本料理が恋しくなったということはない。だから、日本料理店に駆け込んだこともない。タイを中心に毎年6か月を過ごしていたが、すし、刺身といった狭義の日本料理も、カレーやハンバーグや牛丼といった広義の日本料理にも強い欲求を感じたことはない。街に出れば、私が好きな麺類や炒め物などが普通にあるから、日本料理欠乏症になることはない。

 ただし、食文化研究、文化の変容の調査のために、バンコクのラーメン店などに行ってみたことはある。タイで「日本料理」と称している料理がどんなものか興味があるし、そうした料理をタイ人はどのように食べているのか見たいという好奇心もある。例えば、西洋人は白飯そのままは「味がない」と苦手なようで、飯に醤油をかけて食べたがる人がいる。昨今は日本料理に慣れた人が多くなったから、茶碗の飯をそのまま食べる人が増えてはいるが、今でも日本料理に縁のない土地で過ごしてきた人は、白飯そのままが苦手なようだ、というようなことを観察しているのが楽しいから、日本料理店に行くことはあった。

 タイ人も通常は、飯をそのまま口に入れることは少ない。皿に盛った飯とおかずを混ぜて、食べる。もち米飯を常食にしている人は、飯を右手で団子状に丸めて食べるのだが、口に入れる前に料理の汁につけたり、魚片などを一緒につまんで食べることがある。味をつけていない飯をそのまま口に入れることは少ない。飯とおかずを交互に食べる方式は東アジア方式で、ほかの地域では飯に味をつけて食べる。タイで食文化観察をやるなら、タイ人は定食を箸だけで食べられるかといった観察をする。茶碗の飯を箸で食べるとか、汁椀に口をつけて飲むといった習慣のないタイ人が日本の食文化とどう対峙するかを観察するのだ。もちろん、チャイナタウンで育ったような中国系タイ人は、日本人と同じようにたべることができる。タイ人に限らず、外国人は日本の定食をどのようにして食べるのかというテーマは極めて興味深い。

さて、私自身の食の経年変化ということで言えば、40歳になるころまで、狭義の日本料理、日本料理店にある数々の料理は、あまり好んでいなかった。嫌いというわけではない。食べられないというわけでもない。あまり好みではないということだから、煮魚定食とか刺身定食といった料理を昼飯にすることはない。日本にいれば、毎食自分で料理したものを食べているが、魚の煮つけや酢味噌和えなどを作るということもなかった。

 30代のころだが、雑誌の取材で漁港に行ったことがある。民宿に泊まり、三食とも宿で食べたのだが、毎食魚づくしの食事には参った。たかが3泊4日の滞在だったが、かなりつらい食生活だった。その時、考えた。日本料理のない土地での食生活と、日本料理しかない土地のどちらがつらいか。答えは1秒もかからず出た。日本料理攻めなんて、まっぴただ。それが30代の私で、いまでもそうは変わらない。すしも刺身もうまいとは思うが、たまに食べる程度でいい。

 40年ぶりにスペインに行ったのがきっかけで、以後毎年ヨーロッパに行くことになったのだが、スペインでスペイン料理以外の食べ物がたまらなく食べたくなった自分に気が付いた。きっかけは、焼きそば専門店を見かけでしまったのだ。中華鍋を意味する「WOK」を店名にして看板を掲げた店が多くあり、焼きそばを安く食べられる。スペインのこういう店に関しては、アジア雑語林948話に書いた。その回で書いたことだが、スペインでよく見かけた焼きそばチェーン店WOK TO WALKは、ヨーロッパ各地で展開をしていると知っただけでも驚きだが、その会社をグループ企業にしたのが丸亀製麺などを展開しているトリドールだというのは、2015年の情報。最新のホームページでも、その株を売却したという報告はないから、いまもグループ企業にしているのだろう。こういう経済ニュースだと、興味深く読む。

 話が横道にそれたが、どうやら私は焼きそばが大好物らしい。自宅で各種各様の焼きそばを作りつつ、我が焼きそばランキングを考えている。第1位はソース焼きそば、第2位は具といっしょに混ぜた上海焼きそば。マレーシアやシンガポールホッケンミー(福建麺)も、同率2位に並ぶ。この麺はその名のとおり福建省のもので、潮州出身者が多いタイでは福建麺はあまり見かけない。日本のソース焼きそばに似た焼きそばは、タイにはない。つまり、中華麺を使った焼きそばを見る機会は少なく、焼きそばはもっぱら米を原料にした麺を使っているが、マレーシア以南では中華麺の焼きそばも多いという違いがあるということだ。

 マドリッドでは、焼きそばを何度か食べた。私がスペイン旅行をしていたころは、バルセロナにはまだ焼きそば屋はなかったが、今調べるとWOK TO WALKができている。店名は忘れたが、ラトビアのラーガでも散歩中に焼きそば屋を見つけ、ついふらふらと店に足を踏み入れてしまった。プラハでは焼きそば屋が見つからなかったので、ベトナム料理店でフォーを食べた。テーブルに置いてあるヌクマムをフォーにかけて食べて、「うまいなー」と感じる要因はグルタミン酸だ。グルタミン酸を求めているという点では、東アジアや東南アジアの人々と共有する食欲だ。