本を読み始めたら、その1行目で中断してしまった。
『韓国道すがら 人類学フィールドノート30年』(嶋陸奥彦、草風館、2006年、2300円)は、1985年に出版した『韓国農村事情』を第一部に再録し、第二部はそれ以降の事情を加筆して一冊にまとめたものだ。その『韓国農村事情』は、次のような文章で始まる。
このところ韓国関係の本がずいぶん出版されている。ちょとしたブームともいえるほどだ。
「このところ」というのは、1985年ごろということだが、「1985年前後」ではな く、「1985年までの数年間」の意味だと解釈すべきだろう。仮に、1983、84、85年の3年間ということにして、さて、そのころに「ブーム」といえ るほど韓国関連書が数多く出版されただろうか。
私は韓国・朝鮮問題研究家ではないので、「このころ」にいったい何があったのかよくわからない。、1988年のソウルオリンピックを前に、韓国関連本が どっさり出ていることは、体験的によく覚えている。しかし、それはオリンピックの数年前、つまり1980年代後半だったはずで、たしかに玉石混交、次々に 本が出て、ほとんど売れずにすぐ絶版になった。テレビも、線香花火のようなひと騒ぎをやって、オリンピックが終わったら韓国から目をそらせた。
さて、1985年ころの韓国本の大事件といえば、アレかなと書棚を調べると、やはりこれだった。関川夏央の『ソウルの練習問題』と『海峡を越えたホーム ラン』は、ともに84年の出版だった。たしかに、この2冊はアジア、とくに韓国に関心がある者や、ノンフィクション好きの間では話題になったが、さて、韓 国書の「ブーム」といえるほど多数の本が出版されたのだろうか。そういうことが気になってしまい、『韓国道すがら』の先が読み進めなくなったのである。
というわけで、書棚の韓国・朝鮮本をひっくり返して奥付けを確認して、韓国関係の本のちょっとリストを作ってみた。アフリカや中東や南米の本と違い、韓国関係の本は1985年に出版された本だけ多数あるので、私が読んだ本だけをリストにしてみた。
1983年
『はじめての朝鮮語』(渡辺吉鎔)
『隣の国で考えたこと』(岡崎久彦)
『オンドル夜話 現代両班考』(尹学準)
『韓国社会を見つめて』(黒田勝弘)
『韓国服飾文化史』(柳喜卿・朴京子)
1984年
『ハングルの世界』(金両基)
『朝鮮の食べもの』(鄭大声)
『ソウル 街を読む』(榎本美礼)
1985年
『韓国食卓アラカルト』(小野田美紗子)
『ちょっと知りたい韓国』(草野淳)
『ソウル・ラプソディ』(吉岡忠雄)
『ソウル発これが韓国だ』(黒田勝弘)
『ソウル実感録』文庫版(田中明)
『私の朝鮮語小辞典』文庫版(長璋吉)
『日韓ソウルの友情 理解への道part2』(司馬遼太郎ほか)
『もっと知りたい韓国』(伊藤亜人編)
ざっと調べたら、こういう結果になった。1980年代後半の、怒涛のような出版を考えれば、1984年前後あたりの韓国関係書の出版は、とても「ブーム」などと呼べるようなものではなかったと、今ならわかる。
だから、リストにあげた程度の出版事情でも「ブーム」だと感じるほどに、1980年以前の韓国・朝鮮関連書の出版事情が、それはもう淋しいものだったと想像できるわけだ。
しかし、少ないといっても、ある程度は出版されているわけで、私は出版点数を云々したくない。要は、内容だ。1960年代から70年代の韓国・朝鮮本 が、あまりに政治的で観念的で、「屁理屈の純文学」のような退屈な本が多かった。だから私は、朝鮮半島に深入りせずに、熱帯アジアと仲良くなろうと考えた のである。そのほうが絶対楽しいと思ったのである。