2016話 料理の油 その9(最終回)

油の原料

 

 さまざまな油の製造に関して、ヨーロッパや中国や日本の歴史は少しは知っていて、もっと知りたければ資料も数多くある。しかし、東南アジアの油に関してはさっぱりわからない。

 最初の油は食用ではなく明り用だろうと思うのだが、東南アジアでナタネやゴマや大豆など油が取れる植物の栽培はなかなか考えられない。東南アジア全域ではどうかはわからないが、私が多少なりともわかってるタイでは、農業とは基本的に米作りだ。米さえあれば、ほかの食材はその辺で手に入る。川や池に魚貝類はあり、水辺においしい野草もある。野に山に山野草があり小動物がいるから、栽培しなくても食材は手に入る。

 タイ北部の少数民族の家には囲炉裏があり、火があれば明りがある。タイ族の家に囲炉裏はなくても、土間で調理すれば周辺は明るくなる。水上家屋なら、七輪のような道具を使うから、火があるところに明りがあるということになる。もっと明かるい場所を探すなら、家の外に出て月と星の明かりの下で過ごせばいい。

 ここまで考えていて、新たに考察しなければいけないテーマが浮かぶ。綿や麻などの植物栽培はどのようにしていたのか。絹なら、クワの栽培が必要なわけで、そういう方面の考察をいままでしてこなかったが、ここでは「わからない」というままにしておく。

 東南アジアの油事情が大きく変わるのは、18世紀から19世紀の中国人移民の存在だ。中国人は、明りなしの生活を我慢しないし、食用油も必需品だ。その栽培は、おそらく中国人自身が手をつけたと思うわれる。稲作以外の農業、例えばアブラナ科の野菜や果物の栽培は中国人の手によるものと思われる。ということは、油が取れる植物の栽培も始めたことだろう。豆腐作りを考えると、大豆栽培に力を入れただろうし、ゴマも栽培しただろう。ナタネも栽培したかもしれない。

 中国人の次にやって来たのは西洋人たちで、ココヤシやサトウキビのプランテーションを始めた。それまでは、自宅近くで育ったココヤシから自家用のココナツミルクを作っていた。ヤシの実の内側にある果肉を削って水を加えてもむと、ココナツミルクができる。これを鍋で加熱していくと、分離して上澄み液がヤシ油になる。しかし、明り用や食用に自宅でヤシ油製造をしていたとは思えない。手間がかかるのだ。だから、ココナツミルクは常時料理人がいる王宮などを除けば、祭りなど特別な日のごちそうに使用した。

 熱帯アジアにやって来たヨーロッパ人は、ココヤシの森を作り、ヤシの果肉を干したコプラを作った。ヨーロッパでは、コプラは石鹸などのほか、食用油の原料になった。ココヤシから作るのがヤシ油で、アブラヤシから作るのはパーム油だ。このアブラヤシが、ここ数十年の熱帯の風景を変えた。マレーシアの森は、アブラヤシの森に変わってきている。おおざっぱな話をすれば、ココヤシのプランテーションは19世紀から、アブラヤシは20世紀から始まったといえそうだ。

 インドシナ半島で屋台街などを歩いているときの匂いは、香辛料を別にすれば、日本の中国料理店の匂いとあまり変わらないのだが、インドネシアではヤシ油の甘い匂いがしてくることがあった。料理の現場を覗くと、缶に溶けたマーガリンのようなどろっとした油が入っている。これがヤシ油だが事情は大きく変わった。パーム油の生産国と言えばマレーシアというのは1990年代までの話で、2000年以降インドネシアが世界一の生産国となった。ということは、食用油もヤシ油からパーム油に変わっていったということだろう。だから、「食堂の前を通ると甘いヤシ油のにおいがした」というのは、過去の記憶になってしまったようだ。その甘い香りを知らない人は、コパトーンの匂いと言えばわかるか。

 最期に、不思議な油の話をしておこう。屋台や食堂などで、揚げ物をしているところに出くわすことがある、鍋の油を見ると、コールタールのように真っ黒だ。コールタールがわからなければ、粘りのある墨汁といってもいい。そんな油で揚げているのに、出来上がった料理はベタつくことはなく、小魚も昆虫もパリっと揚げっていてうまい。だから不思議な油なのだ(日本のトンカツ屋の場合、ラードで揚げていると、油は黒い)。

 東南アジアの揚げ物が日本の揚げ物と違うところは、東南アジアでは基本的に、粉も衣もつけない素揚げが多い。塩やナンプラーなどで下味をつけ、しばらく置いて発酵させていたりするので、油に不純物が流れ出すが、粉の粒・破片が油に落ちることがないから、その色ほどには油は傷んでいないのかもしれない。

 ということで、油の話は、今回で最終回。

 

 そして、2023年のブログは、これが最後です。来年は、旅に出るぞと思いつつ、インターネット航空券サイト「トラベルコ」で遊んでいる。アフリカや南米に行く安い航空会社は、今はエチオピア航空なんだね。ヨーロッパ方面でも、成田・ウィーン便でもエチオピア航空が格段に安い。フムフムという空想旅行をしている冬。この記事を更新した28日、エチオピア航空機は成田の誘導路を逆走するという事件を起こす。あーあ、大丈夫なのかねえ、この航空会社。

 年始はブログを離れ、しばらく映画の日々を送りる予定なので、ちょっと休みます。

 皆さまのところはどうかわかりませんが、このパソコンに山ほど詐欺メールが来ています。AmexやETCカード三井住友カードなどから、「いつもご愛顧ありがとうございます」。Amazonからは「24時間でプライム会員の資格が停止します」という通知。これらすべて、私とはまったく関係ない。つい先ほど来たのは、ヤマト運輸の「不在者通知」。なにも注文していないし、不在者票も入ってないから怪しいのだが、このメールに「最近ヤマト運輸の名を語る不審なメールが多く・・・」なんて、書いてある。お前が怪しいのだ! というわけで、年末年始に限らず、不審なメールにご注意を。

 お互い、楽しい年を迎えましょう。