1469話『食べ歩くインド』読書ノート 第17回

 

 

 P108ヤシ・・ヤシ酒の話は1459話ですでにしたが、ここではヤシをまとめて解説してみよう。

 熱帯の風景といえば、白い砂浜にココヤシというのが「お決まり」なのだが、ココヤシの林、つまりヤシのプランテーションは植民地化以後の風景である。ヤシを自家用に利用するなら、家のまわりに数本育っていればいい。このヤシの林は産業用である。

 ココヤシは塩分が多い土壌でもよく育つので、海岸線のギリギリのところでも育つ。内陸部では商業的に成り立つほどのココヤシプランのプランテ―ションはできないようだ。というわけで、白い砂浜にココヤシという構図は、そういう植物特性のせいだ。

 ヤシ科の植物は2000とも3000ともいわれているが、日常的によく利用されているのは10種ほどだ。そのなかの変わり者は籐細工のトウだ。ヤシの木と言えば、ココヤシのようなすらりとした姿を思い浮かべるが、トウはトゲのあるつる性のヤシだ。

ヤシ科植物でもっとも知られているのがココヤシで、そのほかアブラヤシ、サトウヤシ、ニッパヤシパルミラヤシ、サゴヤシ、ビンロウヤシなどがある。

 西洋人がココヤシに目をつけたのは、コプラを手に入れるためだ。コプラとは、完熟したココヤシの実にある白い果肉部分(専門的には胚乳という)を乾燥させたものだ。油を多く含んだ胚乳を乾燥させて、絞り、油を取り出す。食用油から、石鹸、ロウソクなどさまざまに利用される。この胚乳をすりおろし、水を加えて絞ったのがココナツミルクだ。ココナツミルクは調味料として使うと同時に、煮詰めて作った上澄み液である油を食用などに使った。

 家庭でココナツミルクを作るには、ヤシの実を取って、割って、胚乳を削って、水を加えて絞るのに1時間ほどかかるから、普段の料理には使わない。祭りや行事などの特別な時に使う。だから、ココナツミルクを使う料理はレストランでは普通でも、家庭では特別な料理だった。「だった」と過去形で書くのは、現在では、果肉をすりおろしたものを市場で売っているし、ココナツミルクの缶詰や紙パック入りや、粉末もある。家庭でも外国でも、手軽にココナツミルクを使った料理を作れるようになった。ただし、自家製と既製品では風味がかなり違う。

 ヤシの実ができる部分(花序という)を切り取って、出てくる樹液を容器に集めてしばらく置くと、発酵して酒になり、さらに放置すると酢になる。発酵する前の樹液を煮詰めれば砂糖になる。ココヤシの実であるココナツは利用価値が高いので、実を犠牲にして樹液を集めるのは経済的な損失になる。したがって、樹液を集めるのは、サトウヤシやパルミラヤシを利用することも多い。油を取るためにはアブラヤシを使う。現在、総称として「ヤシ油」と呼んでいるのは、ココヤシからとるココナツオイルと、アブラヤシからとったパーム油(Palm oil)とアブラヤシの種子からとったパーム核油(Palm kernel oil)がある。

 さまざまなヤシの樹液から砂糖を作ることができるが、サトウヤシの利用価値が高い。樹液を煮詰めるだけで砂糖ができるから、家庭でサトウキビを絞って作るよりもはるかに楽だ。

 タイ語で砂糖は「ナム・ターン」という。パルミラヤシ(ターン)の汁(ナム)というのが語源だ。英語のsugarやフランス語のsucreの語源はサンスクリット語のsarkara(あるいはsharkara、surkaraなどのローマ字表記あり)で、この語の意味は「サトウキビ」であり、その後「サトウキビの汁の粒」、そして「砂糖」の意味になったようだ。ということは、タイの砂糖は海岸沿いで育っていたパルミラヤシの樹液を利用したが、インドの砂糖は内陸のサトウキビ畑で生まれたものだろうと想像している。

 ちなみに、マレー語やインドネシア語で砂糖は、サンスクリット語surkara系のsakarという語があるが、普通はグラgulaという語を使う。サンスクリット語が語源で、インドのグールgurと語源は同じらしい。gurは粗糖(サトウキビのしぼり汁から水分を抜いたもの。精製していないために白くない)のことで、グラニュー糖はchiniという。古代インドには、砂糖を意味する語はsurkaraなどのS系語と、gurのG系語の2系統あることがわかるが、食文化史や言語学のド素人には、それぞれの違いがわからない。

 インドの砂糖に関しては、この研究報告に詳しい。またしても、農畜産業振興機構の文章だ。