61話 コショーの話


 前回の話に関連して、コショーの話を書き加えたい。
 タイの食文化を調べていた ときに気がついたのだが、タイでコショーをよく使うのは古くからあるタイ料理ではなく、ここ100年ほどの間に伝わった中国系料理だということだ。客にも よくわかるのは、麺類だ。テーブルには必ずコショーがあり、客は運ばれてきた麺料理にコショーを振りかけて食べる。客が料理にコショーを振りかけるのはこ うした麺料理と、トウガラシが入らない炒め物だけで、どんな料理にもコショーを使うわけではない。麺料理でも、生ソーメンのようなカノム・チーンという米 の麺料理にはコショーを振りかけない。
 元々、タイ語ではコショーを「プリック」と呼んでいた。そこにトウガラシが入ってきて、これも「プリック」と呼んだので、混乱を避けるためにコショーを「プリック・タイ」(タイのプリック)と呼び、トウガラシはただの「プリック」となった。
 こういう歴史を考えれば、古くからあるタイ料理にコショーをたっぷり使っていていいはずなのだが、どうもそうではない。和え物のヤム、東北タイの民族食であるソムタムにもコショーが入ってない。
 では、汁物のケーンではどうか。ケーンを大胆に二分すると、インド系ケーン雲南ケーンがある。雲南系というのは仮称で、タイ、ラオス雲南に共通す る汁物を仮にこう呼んでおく。インド系ケーンとは、ケーン・カリー、ケーン・マッサマン、ケーン・パネンといった料理で、料理の色は黄色から茶色で、日本 人の目にはまさに「カレー」である。こうした料理にはカレー粉を使っているから、当然コショーも入っている。ところが、雲南系となると、コショーの影がな い。各種ハーブとトウガラシの味つけだ。
 こうして見ると、コショーは現代の中国系料理と、それ以前にマレーから入ってきたインド系料理にのみコショーを使うということがわかってきた。生の粒コショーを使った料理もあるが、それほど種類は多くない。
 すでに書いたように、コショーはかつてプリックと呼ばれ、トウガラシが入ってきてプリック・タイと名を変えたという言語学的な面からの説明は正しいとは 思うが、その歴史的経緯がよくわからない。もともとタイではコショーをよく使っていたが、トウガラシが伝わって、コショーがトウガラシに置き換わったの か、あるいはもともとコショーはそれほど使っていなかったのか。そのあたりの事情がよくわからない。
 タイ料理関係の本は多数出版されているが、そのほとんどは作り方か店の紹介だ。きちんとした食文化の本が出るのはいったいいつなんだろうか。