この雑語林の156号で、デンバーの吉野家のことを書いた。あの店が吉野家の海外第一号 店だということは知っていたが、いつ開店したのかは知らなかった。はっきり言えば、そこまで詳しく調べてみようとは思わなかったのだ。それが、ひょんなこ とでわかった。開店は1975年2月だった。たまたま古本屋で見つけた、『日本の食文化と外食産業』(財団法人 外食産業総合調査研究センター編、ビジネ ス社、1992年)についている「年表 外食産業の歩み」(川口和治・作成)に出ていたのだ。
食文化の年表といえば、すでに『近代日本食文化年表』(小菅桂子、雄山閣、1997年)を持っていて、両方の年表を見比べると、『食文化年表』は「外食 産業の歩み」も資料に使っていることがわかるのだが、両方の年表を読みながらつくづく思うのは、「年表は恐ろしい」ということだ。私も海外旅行関連年表を 作ったことがあるからよくわかるのだが、資料によって年月がバラバラだったり、説明があやふやだったりして、解読に時間がかかるのだ。どの資料が正しいの かという問題は、原典にあたるとか当事者に聞くということで解決できることもあるだろうが、何千もの項目について、「原典から」という調査は不可能なの だ。そういうことを頭に入れつつ、「年表 外食産業の歩み」から興味深い項目を拾い読みしてみよう。
●東京では、1960年代後半から、札幌ラーメンが姿を見せたらしい。65年に、「札幌や」第一号店が渋谷にオープンし、67年には「どさん子」が両国にオープンしている。
●1967年11月「立食そばの誠和食品が大阪へ進出。この頃、立食い形式(スタンド食 堂)がブーム」というのだが、それ以前にももちろん立ち食いそばはあったはずだと調べてみると、都内の駅に立ち食いそばができるのは、わかっているだけ で、64年品川駅、66年荻窪駅、70年新宿駅というのだが、駅以外にも立ち食いそば店はあったわけだが、それを年表という形で取り上げるのは難しい。年 表は、ある出来事を時間軸のある一点のこととして定めないといけない。これが年表作りの難しいところだ。歴史を線や面ではなく、点で記述するしかないのが 年表なのだ。
●1967年12月6日付けの日本経済新聞によれば、「100店舗を超える外食チェーン企 業は、不二家(180店)、養老乃瀧(156店)、伯養軒(130店)、アートコーヒー(109店)の4社」。まだ、吉野家も、マクドナルドもない時代 だ。まあ、それはいいとして、この「伯養軒」というのがわからない。この名にまったく記憶がない。そこで、インターネットで調べてみたら、現在は社名がか わっているが、かつては駅弁の製造・販売をしていた会社らしいのだが、実情がわからない。駅構内の駅弁売り場を「店舗」として計算しているのか、そのあた りがわからないのだが、そこでつかえてしまうと先に進めない。けっきょく、書いている本人が理解できないまま、この情報を書き写すことになり、その情報を また誰かが別の年表に書き入れる。年表はそのくりかえしだ。
●1967年の部分に、こういう記述がある。「『まわる元禄寿司』第一号店が東京・錦糸町にオープン。一皿3コで50円。いわゆる回転ずしは、元禄寿司が同年夏に船橋ヘルスセンターに実験店舗をつくり、わずか一か月後に錦糸町への出店になったもの」
多少なりとも回転寿司の歴史を知る者は、この文章が間違いだとわかるはずだ。
回転寿司を生み出したのは、大阪の立ち食い寿司店の主人白石義明で、ベルトコンベアーにヒントを得て作った「まわる寿司」の店第一号は、1958年大阪 の近鉄布施駅北で誕生している。これが、元禄寿司だ。引用文にある「まわる元禄寿司」ではなく、「廻る元禄寿司」である。では、この錦糸町の店とはなにか というと、仙台の会社で、元禄寿司とは別会社なのに契約で元禄寿司を名乗っていた会社で、現在は契約が切れて「平禄寿司」となっている。
というわけで、わずか4行の記述の確認をするのに、えらい時間がかかる。だから、きちんとした年表を作ろうとすれば、大変な年月がかかる。その辺の年表を寄せ集めて、「はい、一丁上がり」というわけにはいかないのだが、現実はそういう年表が少なくない。
●1978年12月「王将チェーン(ぎょうざなど中華料理の低価格販売)が東京進出第一号店を新宿のホテル・ワシントンパレス1階にテナント出店」。
新宿をちょっと知っている人だと、「ワシントンパレス? 聞いたことないなあ。ラブホテルか? でも、その1階に餃子屋かよ」と思うだろうし、もう少し 新宿を知っている人なら、「これは、ワシントンじゃなくれ、ラシントンだよ」とわかるだろう。正解は、いろいろ話題に満ちていたラシントンパレス(どうい う話題かは、自分で調べてください)。その王将は、ホテルの建物解体にともない、2006年1月に閉店した。
というように、校正するのも大変だ。合併や統合などによって、社名がころころ変わると、1970年時点では、どの社名で表記すればいいのかなどと考えたら、頭が痛くなる。
年表作りは辞書作りと同じくらい大変な作業なのだが、同じように手間もカネもかけないから、同じように評価されないのです。というわけで、今夜は外食産業年表で遊んでしまった。