1825話 校正畏るべし その4

 

 注文していた『おいしさを伝えるレシピの書き方Handbook』(レシピ校閲者の会、辰巳出版、2017)が届いた。レシピの書き方を学びたい読者はどれだけいるのか。主に女性雑誌の編集者やライターか、お料理の先生の助手がこの本の読者だとすると、マーケットがあまりに小さい・・・と思いながらこの本を読むと、想定している読者がわかった。「月間利用者数約6000万人」という「クックパッド」などに投稿しようとしているアマチュアが、この本を買うだろうと想定したようだ。なるほど。

 まずは、レシピの誤字の例に「じゃがいもは荷崩れに注意」を、「煮崩れ」と訂正するような例を挙げている。自動変換が危ないのは、レシピに限ったことではない。

 間違いやすい言葉の例があげてある。

 アボガドアボカド

 スナックえんどうスナップえんどう

 バケットバゲット

 カッペリーニカペッリーニ

 ケッパーケーパー

 望ましい表記として、こういう例をあげている。

 シーチキン(商品名)→ツナ

 万能ねぎ(商品名)→小ねぎ、細ねぎ

 プチトマト(市場名)→ミニトマト

 テフロン(商品名)→フッ素樹脂加工

 キッチンタオル、キッチンペーパー(どちらも商品名)→ペーパータオル。この前のNHKの料理番組で「キッチンタオル」を使っていたなと思い調べると、大王製紙ほか、ネピアも100円ショップのダイソーも「キッチンタオル」としている。校正を扱う本の校正は、より慎重になるはずだが。

 レシピを書かない私の場合、普通の文章のなかで、「白菜」、「はくさい」、「ハクサイ」というふうに表記に困ることがある。「白菜」や「大根」は漢字でいいが、「葱」や「蕪」や「牛蒡」では読めない人がいるだろうから、漢字にカタカナとひらがなを混ぜて使うか。植物学の本のように、すべてをカタカナ表記にするのもなんだなあ・・などと思う。この本でも、表記は統一しないという方針らしい。

 

 話は変わる。『文にあたる』の著者も含めて、校正者たちの座談会がネットで公開されている(「校正・校閲というお仕事」)。校正者が主人公というテレビドラマ「地味にスゴイ! 校閲ガール 河野悦子」は、出版界の日陰者である校正者にとって青天の霹靂的出来事だから、悪くは言いたくないが、「あんなのウソだよね」という本音が見えている。新入社員がいきなり校正ができるわけはなく、どこに間違いがあるのかもわからないのだから直しようがないのだ。このドラマについては、アジア雑語林1440話(2020-07-07)でコメントを書いている。

 テレビの世界にも校正はあるのか。多分、専門の校正者はいないと思う。校閲があるかどうか知らない。

 テレビ番組のテロップや報道番組の説明板などに誤字があるのはいつものこと、「絶対」と「絶体」といった間違いから、人名地名などの誤記は数知れず。どうしてこうなるかといえば、準備時間がなくあわただしいというのが第1の理由。第2の理由は、「送りっ放し」ですぐ消える放送だから「いーかげんに」やっているからだ。

 テレビドラマの世界には、校閲はないと思う。「こういう展開では、つじつまが合わない」などと言い出したら、成立しないドラマがいくらでも出てくる。これは多分、活字世界でもいわゆる「ノベルス」も同じだろう。

 校閲の訓練ができている者がテレビドラマを見ると、「1995年には、まだプリウスは発売されていない」とか「1990年代のオフィスのパソコンが液晶モニターということはない」といった指摘をしたくなるだろうなと思う。2021年のNHK朝の連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」では、1980年代の京都市電の窓から見える風景に、現代の自動車が走っていると、自動車マニアが指摘したというネット情報があった。自動車や鉄道など、マニアが多いから、時代考証に苦労することだろう。

 今、ドラマで時代感を出すのは、登場人物が公衆電話や、「二つ折りケータイ」で話を始めるシーンだろうか。それでも、「その機種は、当時はまだ発売していないはず」などという指摘もあるだろう。「『5年前』だというのに、駅舎が現在のもの」とか、「2010年なら、そこにはまだヤマダ電機はない」とか、それなりに「間違い探し」は楽しいのだろう。いっそのこと、毎回のドラマで、「間違い探し」のクイズを出したら盛り上がると思うのだが・・・。

 

 校正・校閲の話は、今回で終わる。