2129話 ソウル2024あるいは韓国との46年 その24

さあ、民俗博物館だ 1

 お茶の水に出る用があったので、ディスクユニオンドゥーワップのCDセット(20曲×10枚、計200曲)を買った。50年代のアメリカ音楽を聞きながら、ソウルの話を書いていく。

 

 ソウルに着いたその日は、散歩と両替を兼ねて夕方の明洞方面に歩き出し、帰りがけに広蔵市場(カンジャン・シジャン)で豚足(チョクパル)を食べて1日目は終わった。もう何年も長い散歩をしていないので、だいぶ歩いたような気がしても、実際にはたいした距離ではないというのは、歩く体力が落ちているということだ。やはり、今回の旅はリハビリでもある。

 2日目の朝。宿でパンとコーヒーの朝食をとり、成田空港で買った水のペットボトルに、廊下にある給水機で水を補給し、出発。2日目以降、それが毎朝の決まりになった。滞在時期のソウルは強烈に暑かったが、昼飯で水をがぶ飲みしたから、夕方宿に戻るまで、街で飲み物を買うことはなかった。

 ここで地名表記の話をしておこう。現在の韓国ではどういう事柄であれハングル表記

だから、発音のままカタカナ表記にするのが日本の一般的なルールで、芸能人の名前はカタカナ表記にしているのだが、地名となると漢字で書いたほうが日本人にはわかりやすい。ガイドブックなどもそうしている。読者の立場ならそうするのが便利なのだが、文章を書く側に立つと、漢字をワープロに呼び出し、発音を添えるという作業をしないといけない。これがめんどくさいのだ。まあ、台湾でも同じか。

 例えば、鍾路だ。この地名(道路名でもある)の発音をハングルで説明するのは、ハングルが読める人はもちろん、読めない人にも意味がないので、ローマ字で説明する。

鍾路はjong-roと表記される。『地球の歩き方』も、そうだ。語頭の濁音は清音化されるという法則で、発音はchong-roになり、ng音のあとにr音がくるとnになる規則があるから、chonno、つまりチョンノになる。韓国語のローマ字表記は、発音を示すものではなく、ハングルでどう表記しているかを表しているだけだ。つまり、ハングルのローマ字表記はその発音を表しているのではない。ハングルが読めない人のためではなく、ハングルが読める人に、別の言い方をすれば韓国人に元のハングルはこういうつづりですよと説明している表記になっている。

 これを、日本の旧かなで説明するとわかりやすいだろう。外国をgaikokuではなく、guwaikoku、蝶々はchouchouではなくtefutefuと書いて、それぞれ「がいこく」「ちょうちょう」と発音しろと外国人に求めているようなものだ。

 ついでだから書いておくと、漢字で書くと李という姓は、朝鮮語では「ri」と発音していたが、南部では語頭のrが落ちて、「i」と発音するようになり、北朝鮮では「リ」、韓国では「イ」という音になった。ハングルでも、韓国では「イ」と表記している。ところが、ローマ字表記をすると[Lee]にしたがる人が多い。西洋人ぽくて、かっこいいという発想だろうが、中国人も李という漢字から「リ」と発音する。日本人だけは、ハングルの「イ」そのままにイさんと呼ぶように求められるが、朝鮮籍の人は「リ」を自称する。だから、在日朝鮮人の李さんは「リさん」であり、在日韓国人なら「イさん」ということになる。

 現代自動車の場合も変だ。「『現代』は韓国語のローマ字表記ではhyundaiだから、ヒュンダイと呼ばれる」と説明しているネット情報が多いのだが、「現代」の発音をローマ字表記すると、hyundae、あるいはhyeondaeだろう。それなのに、なぜHyundaiになるのか韓国人に聞いてみたら、「私だってわかりませんよ」。韓国語の発音はヒュンデに近く、外国ではHyudaiをそれぞれの国で発音しやすいように呼んでいて、日本では「ヒュンダイ」と呼んでいた。2020年に「呼称を世界で統一してヒョンデにする」というニュースが流れたが、ロゴはHyundaiのままだから、ウィキペディアでいう「世界統一呼称」というのは、いったいどういうことか。この社名はイギリスでは発音できないというのを逆手にとったテレビCMが、これ。「Hyundaiと書いてヒュンデと発音して」というのは、やはり無理だ。無理なものの「世界統一」というのはどういうことかわからない。

 たえずソウルの地図を眺めているから、ハングルのローマ字表記が気になってついつい話が横道にそれた。次回は話を戻す。鍾路の胡散臭い路地裏から、同じ町内の王宮に参内するのである。