707話 台湾・餃の国紀行 2015 第12話

故宮博物館へ


 故宮博物館に行こうかと思った。行きたかったわけではない。いままで行かなかったのは、おもしろい展示品があるとは思えなかったからだ。しかし、この時期、春節も休まず開館という情報を得て、今ならすいているだろうという心の隙間から、足が向いてしまったのだ。元日ならすいているだろうという予想は、完全に外れた。私の読みが甘かった。春節、つまり旧正月というのは世界の華人だけではなく、韓国人やベトナム人にとっても「正月」で、世界の春節人の旅行先のひとつが台湾だということに頭が回らなかった。だから、春節にも故宮博物館は休まず開館しているのだ。私には「大混雑」のように見えたが、通常の入場者数を知らないので、これがいつものことなのか、あるいは大変な混雑なのかはわからないが、入場券を買うのに長蛇の列だったことは確かだ。
 この博物館全体の感想を先に書いておくと、もっと膨大・広大・無数の展示物があると思った。ざっと見て回るだけで、ヘトヘトになるくらいの展示物があるに違いないと思っていたのだが、意外にあっけなかった。イオンのような巨大ショッピングセンターを歩く方が、よほどくたびれる。展示品全部見るだけの体力と時間があるだろうか、数日かけて通わないといけないのかなどと思っていたのだが、それは杞憂にすぎず、あまりに短い時間で見てしまったので、最初からまたじっくりと見た。日本語の音声ガイドがあるおかげで、退屈することはなかった。展示品はつまらないだろうという予想は、ありがたいことに少々はずれた。正月なので、屠蘇に関する特別展示があり、屠蘇に使う植物(漢方薬)の展示、屠蘇を描いた絵もあって、博物館の「遊び」に好感が持てた。
 有名なあの白菜は「こんなに小さいの?」という印象だった。http://tabitabi-taipei.com/youyou/200605/photo/exhibition4b.jpg
 白菜が実物大のようなイメージがあったので、その小ささに驚き、「はい、止まらない、歩いて!」と係員に促され、数秒見ただけだから、実物よりも拡大写真のほうがよほどきれいだった。写真は照明がきれいで、大きなポスターの写真は細部まではっきりとわかり、それに比べると、実物はゆっくり見る時間もなく、「30分並んで、歩きながらの5秒」という鑑賞だから、「あっけない」というのが正直な感想だ。
 豚バラ肉煮込みは、皮の部分は着色だと聞いてがっかり。これも、写真の方が迫力があった。それにしても、写真の照明が美しいのか、博物館の照明があまり良くないのかわからないが、けっしてうまそうには見えなかった。
http://www.taipeinavi.com/miru/5/
 期待も予備知識もなく、ただ眺めて、「なかなかいいな」と思ったのは南宋の陶磁器だ。こういう焼き物だ。
http://www.npm.gov.tw/exh95/grandview/juware/account_jp.html
 ひとつ気になったのは、「清 陳祖章作 彫橄欖核舟」という彫刻だ。
http://www.npm.gov.tw/ja/Article.aspx?sNo=04001107
 日本語の音声ガイドで、「オリーブの種に彫った」と解説があって、ああ、やってしまったかと思った。橄欖をオリーブと翻訳したが、1.6cm×3.4cmがオリーブの種ではないだろう。故宮博物館の公式ページの日本語版でも、この彫刻を「オリーブの種の形を生かして・・・」と説明していることをのちに知った。橄欖(かんらん)はカンラン科の植物で、オリーブはモクセイ科だから、両者は違う。しかし、中国人も日本人も。このふたつの植物を混同し、両方を「橄欖」と呼んでしまったことがそもそもの間違いだ。ただし、故宮博物館の日本語担当翻訳者が、オリーブの種の大きさを知っていれば、こういう間違いはしなかっただろう。
 オリーブの種といえば、やはりよく間違えるのは、バンコクの語源となる「バーン・マコーク」の「マコーク」のことだ。「マ」は実のことだから、「マコーク」はコークの実という意味なのだが、これを「オリーブ」と説明している人が少なからずいる。正解は、ウルシ科のアムラタマゴノキという植物で、小さめのニワトリのタマゴくらいの実ができる。
 博物館をひと回りして、のどが渇いたし、腹も減ったので、なにか食べようと思ったがレストランは満室で、ひとりでは入りにくい、コーヒールームはまだすいているので、コーヒーを飲むことにした。注文の時に、サンドイッチも食べたくなってつい注文してしまったのだが、悪い予感がした。体験上、アジアで安い洋食は食べない方がいいという気がしているのだ。街にはおいしいパン屋もあるのだから大丈夫かもしれないという楽観と、こういう役所的な場所では洋食を食べるものではないという悲観が戦ったが、空腹には勝てなかった。で、運ばれてきたサンドイッチは、私の好みではなかった。味にメリハリがない。甘い味付けだ。アジアでは、マヨネーズが甘いのが常識なのだ。
 後日、また故宮博物館前のバス停にいた。バス亭の斜め前、ラブホテルのようなとんがり屋根の建物は幼稚園で、そのとなりが順益台湾原住民博物館だ。台湾では先住民を「原住民」と呼ぶ。これは蔑称ではない。その原住民に関する博物館で、かなり期待して行ったのだが、「ただ展示しています」というだけのもので、書籍コーナー以外、注目することもない。150元の入場料を考えると、台北で行った博物館・美術館のなかで、もっともがっかりした場所だ。それは私ひとりの感想ではないのだろう、故宮博物館は大混乱だが、ここは私以外、客は誰もいなかった。