839話 神保町で火野葦平に出会う  その7


 すごろくの「振り出しに戻る」である。火野の著作に、「インド旅行記」というようなタイトルの本は見つからない。そこで、さらに調べると、朝日新聞社版の『赤い国の旅人』(1955)に、インドの紀行文が3編収められていることがわかった。『アメリカ探検記』の次に読もうかと考えていた火野葦平の本がそれで、高いからやめたのだ。しかし、しかたがない。買うしかない。文学全集に納めてある「赤い国の旅人」を読んだばかりだが、朝日新聞社版を買うしかない。最初からこちらの版を買っておけば、調べる手間が省けたのだが、行き当たりばったりの読書だからしょうがない。
 『赤い国の旅人』も、『アメリカ探検記』同様、出版後しばらくたっても再版(出版直後の重版はある)・復刻されることなく、文庫にもならず、忘れ去られた本になっている。しかし、有名作家の本だから、古本屋にはある。ネット古書店に『赤い国の旅人』を注文し、自宅に届くまで、改めて火野葦平の基礎を学んでおく。
 雑誌の原稿なら、ここから長々と経歴や作品紹介をやり、「火野葦平と戦争」といったテーマで論考することになるのだが、経歴と作品はウィキペディアほかの資料がいくらでもあるので、そちらを読んでもらうことにする。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E9%87%8E%E8%91%A6%E5%B9%B3
 火野と戦争については、NHKが番組を2本作った。Youtubeに載っているから、一応紹介しておく。これを見ると、火野が芥川賞を受賞した時から、戦争協力者への道を歩かざるを得なくなる過程がよくわかる。ぜいたくは言えないが、画質はかなり悪い。
https://www.youtube.com/watch?v=VhBIp9i23Dc
https://www.youtube.com/watch?v=zatP1tQmDNc
 このテレビ番組のディレクターが書いた取材記、『戦場で書く ――火野葦平と従軍作家たち』(渡辺考、NHK出版、2015)も読んだ。内容のほとんどは戦時中の火野の行動を追ったものなので、私の関心分野とはあまり重ならない。これまで私が調べてみたいと思ったテーマは、アジアの三輪車事情など直接資料がないことが多いのだが、この本の「参考引用文献一覧」は2段組み11ページに渡るほど多い。ベストセラー作家を研究テーマに取り上げると、ありすぎる資料をひととおり当たるだけでも大変だ。
 待っていた本が届いた。黄色地に、岡本太郎の絵を連想させる絵が描かれている。「装幀 桂ユキ子」とある。
http://bangobooks.com/?pid=76026297
 『アメリカ探検記』の函に使った版画の作者はまったく知らない人だったが、今度はわかる。桂ユキ子(「桂ゆき」名義も。1913〜1991)は、1950年に二科会会員。『赤い国の旅人』が出た翌年の1956年フランスに渡り、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカを旅して、1961年に帰国。その旅の顛末を書いた『女ひとり原始部落に入る ―アフリカ・アメリカ体験記』(桂ユキ子、光文社カッパブックス、1962)は、中学か高校時代に読んでいる。この本は、日本人女性が書いたアフリカ物の最初かもしれないし、旅行記としての「女ひとり」物の最初かもしれない。ここで、「調べたがり」の病が姿を見せて、国会図書館の蔵書リストを見てみたくなった。「女ひとり」がタイトルに入る旅行関連書は、同じ1962年に翻訳書が出ている。『女一人大地を行く』(アグネス・スメドレー、尾崎秀実訳、角川文庫)が出ているが、単行本は改造社から1934年に同書名で出ているから、これが「女ひとり」物の最初かもしれない。
 アグネス・スメドレーゾルゲ事件のことなど、興味深いネタがぞろぞろ出て来るが、涙を飲んで触れない。話が横道にそれるのはいつものことだが、今回はとりわけそれる。おもしろそうな話題が見つかると、そちらの本を注文してしまうから、本の山が高くなる。実は、話がそれてしまうのには、それなりの理由がある。火野の旅行記がおもしろくないのだ。
 『赤い国の旅人』に収められているインド旅行記は、「花と牛と乞食の街」、「或る若いインド作家」、「不可触賤民」の3編だが、どれもパッとしない。短い文章だから、この原稿を書く前に今また読み返したが、印象に残る文章はない。想像で書くが、1955年のインド(ニューデリー)は、ほんのちょっと前の東京とさほどの違いはなかったのかもしれない。戦争が終わって、まだ10年しかたっていないのだ。空襲を受けなかった元イギリスの植民地の首都デリーの方が、東京よりも建物はまともだったかもしれない。両都市の大きな違いは、パキスタンからの難民があふれて、東京よりも人が多いことだろう。そういう意味では、「インドの衝撃」は、現在の日本人よりもはるかに小さかったのかもしれない。