1059話 イタリアの散歩者 第15話

 いつものように、トイレの研究。今回は、ちょっと深い。 その3


 イタリアのトイレは、バールやレストランや博物館などの施設以外、たいていは有料である。私の体験では、最低は0.5ユーロ、最高はベネチアの1.5ユーロだった。有人施設もあるが、多くは自動改札のような機械がついていて、コインを投入するとバーが回転して中に入ることができる。
 こういうコイン式の場合、その金額のコインを持っていないと使えないというのが、最大の問題点だ。ナポリの教会に紛れ込んでいて、どこかにトイレがあるかもしれないという下心で周囲を眺めていたら、「WC」の表示があった。
 ちょっと横道にそれるが、WCの話をしておく。WCは、Water Closetの略である。クローゼットはすでに日本語になっているように、衣服部屋のような空間のこと。それが水とどう関係があるのか。西洋では、古代を例外として、トイレという場所はなかった。都市部では室内便器を使うのが普通で、ベッドの下などに置いてある。貴族の館では、クローゼットに便器が置いてあるから、クローゼットがトイレにもなるというわけだ。そして、イギリスで水洗トイレが誕生し、水洗トイレをWater Closetと呼ぶようになった。
 そういう歴史があって、以前の日本では、トイレの表示に「WC」をよく使ったのだが、今はもう使わない。イタリアのほかいくつかの国でも、この「WC」という表示は今でも時々見かける。
 さて、話題をナポリの教会に戻す。「WC」という表示の矢印に従って進むと教会の裏庭に出て、別棟の建物に進んだ。0.5ユーロコインを投入するバーが回る自動改札式だった。用を済ませて出口に向かって歩いていると、「改札口」でユーロ札を手にしている中年婦人(なぜか、「中年」には「婦人」という語がよく似合う)がいた。コインがなくて困っているらしい。このシステムは出るのは自由だから、私が出るときに網のドアを開け、そのまま目くばせすると、ふたりは理解して、にこやかに入っていった。アメリカの有料トイレでは、出るときに外で待っている人がいれば、そのままドアをあけておいてあげるというのが、常識である。
 アメリカの有料トイレは、個室のドアにコインを投入するシステムだったが、イタリアでは建物の一口に自動改札がある。だから、ローマのテルミニ駅では、トイレの出口に立ち、なかから誰か出てくるのを待っている人がいた。
 ローマでは1ユーロ、ベネチアでは1.5ユーロが相場だろう。1ユーロはコーヒー代と同じ、1.5ユーロはローマなら地下鉄やバスの均一料金と同じだから、使いでのある金額だ。
 有料トイレにカネを払うなら、バールでコーヒーを飲んで、そこのトイレに行った方が効率的なのだが、事情をよく知らない外国人旅行者は、街の有料トイレの方が使いやすいのかもしれないが、レストランや博物館や美術館などに入ったときにトイレに行けば、無駄なカネを使わないで済む。テルミニ駅を探検していて、無料のトイレを発見した時は宝を探し出した気分だった。歩けば2分で我が宿なんだけどね。
 私はひとり旅なので、繁盛店では、ひとりで4人席を占領するのは申し訳ないから、「どこでもいいよ」言うと、トイレ近くの席に案内されることがある。予約をしていないひとり客だから、あいている席といえば、トイレそばということになる。すると、店に来た客がまずトイレに行くという習性があることがわかる。レストランに行くまで、トイレを我慢していたのだろう。私ひとりの観察だから、普遍性などないが、この事情は理解できる。


 トイレの表示は、こういう男女のマークで示すことが多く、その表示に従って歩くと、「男」と「女」に分かれるのが私の常識だったが、この写真のように最後まで「男女」のままで、ドアを開けると・・・


 洗面所の向かいは、男女それぞれの個室が隣り合っている。ローマの博物館で。


 ベネチアの公衆便所の表示。1.50ユーロは高いが、1980年代には、こういう衛生的なトイレはなかったらしいということが、『イタリア歩けば』(林丈二)を読むとわかる。