2098話 続・経年変化 その62

食べ物 7 内臓ほか1

 豚で言えば、ロースやヒレよりもバラ肉が好きだ。バラ肉と同じくらい好きなのが、豚足、耳、顔の皮が好きだ。沖縄のことばで言えば、テビチ&チグマーであり、ミミガーとチラガーなのだが、こういう食材の真空パックした沖縄料理を売っているが、あっさりしすぎていて好きではない。味付けが気に入らないし送料が高いので、種々の食材や調味料の買い出しにアメ横に行く時に買ってくる。アメ横では顔の皮は手に入らないが、耳と豚足は安く買える。

 解凍した豚足をさっとゆでて、表面の汚れを落とす。圧力鍋に豚足、ネギ、ショウガ、ニンニク、酒、醤油、砂糖、水を入れる。4つ切りにしたものなら30分、1本まるまるなら1時間くらい煮る。出来上がりの感じは、佃煮だ。

 いままで食べた豚足を思い出す。香港がまだ魅惑的な街であった時代、香港島の北、上環(しょんわん)地区のマカオ行きフェリー乗り場の駐車場が、夜になると屋台街ができた。そこが俗にプアマンズ・ナイトクラブ(平民夜總會)と呼ばれていた。今はもうないが、80年代まであった。その屋台街の外側、海岸沿いの駐車場に、おばちゃんが七厘に鍋をかけて、客を待っていた。椅子もテーブルも、屋台の設備など何もない。あるのは七輪と鍋と皿と箸だ。鍋の中には、あめ色に煮た豚足が入っていて、ショウガの香りがはっきり分かったが、おそらく八角とか花椒などの香辛料が入っているのだろう。トロトロで、ギラギラの豚足がうまそうで、1個買った。よく覚えていないが、小皿に盛って、箸と一緒に手渡されたと思う。それが、黄昏時の香港の海辺だった。屋台街はまだ裸電球の時代で、風景は赤黄色だった。

 豚足を圧力鍋で煮ると、箸でつかめないほどトロトロになるが、じつはトロトロにはしたくないのだ。30分ほどゆでて、トウモロコシを食べるようにかぶりついて食べるのがいい。豚足には小さな骨がいっぱい入っているから、小皿にポロリポロリと骨を吐き出しながら食べる。あるとき、いつものように骨を吐き出したら、骨の中に歯が見えて、舌で歯を探ると、前歯が欠けているとわかった。翌日、その歯を持って歯医者に行き、差し歯にしてもらった。

 その後、マレーシアのマラッカで鳥の骨付きから揚げにかぶりついて、差し歯が抜けて、急いで歯医者に行った。歯は元に戻ったような気がして、また豚足にかぶりついて、差し歯の隣りの歯が欠けた。差し歯が2本になった。原因は忘れたが、もう1本の前歯も欠けて、差し歯3本になった。

 ラトビアの首都リーガの朝食に、バゲットのサンドイッチを食べた。勢いよくパンをかみ切ろうとしたら、「あっ、やったか?」という感覚が歯にあったが、欠けてはいない。パンよりも、ソーセージの皮が硬かったのだ。帰国して行きつけの歯医者に行くと、欠けたのは歯茎にある歯の方で、差し歯にしても支える土台がもうだめなので、入れ歯にしましょうと提案された。

 高いカネを使ってインプラントにしても、あと何年使えるのかわからないから、ごく安い入れ歯にしたのだが、しゃべりにくい。

 歯が欠けたのは私の不養生が原因なのだが、豚足のせいにしたくなる。かくして、豚足はトロトログンニャリになるまで煮詰めることになった。骨のない脚の部分なら薄切りにして食べられる。韓国料理のチョッパルが好きだ。