2118話 ソウル2024あるいは韓国との46年 その13

トンカス 3

 「となりのトトロ」のロンドン公演の舞台写真を見ていたら、「おおっ!」と声をあげそうになった。日本人300人とタイ人100万人も同じだろう。引っ越しシーンのトラックが、トゥクトゥクの座席をトラックに改造したものだということに驚いたのだが、それはともかく、韓国のトンカス(トンカツ)の話の続きだ。

 トンカスを作るときに、肉を「親のカタキのようにたたきのめす」という作業工程が韓国で残ったのは、それが「昔ながらの料理法だ」というだけでなく、筋が多いモモや尻の肉を筋切りしつつ徹底的にたたくことで、安い肉でも柔らかく食べることができるという効果をねらったのだろう。

 文字資料やドラマの映像ではトンカスは「軽洋食」と呼ばれた洋食屋で出していた料理ということらしいが、1978年にトンカスを食べた経験者としては、その店は高級感はまったくなかった。小ぎれいな食堂という感じだった。トンカスは箸で食べたという薄い記憶がある。鍋焼きうどんもあったということは、もしかすると、意識しての行動ではないが、日式店(日本の料理を出す食堂)に足を踏み入れていたのだろうか。その可能性は、高い。

 『韓国を食べる』(黒田勝弘、文春文庫、2005)によれば、ソウルで肉が厚い日本のトンカツを見かけたのは1989年のことだというが、ほの資料では、それ以前から日本料理店にあったようだ。トンカスと言えば、ナイフとフォークで食べる軽洋食の料理だったが、箸で食べる日本料理の肉が厚いトンカツ(韓国語ではやはり「トンカス」だが)も食べられるようになったのは1980年代後半あたりということか。韓国人にとってはどちらもトンカスなのだが、韓国を知る日本人や日本を知る韓国人は「トンカス」と「トンカツ」というようにそれぞれいいわけた。ほかに「韓国式トンカス」、「日本式トンカス」という表現もある。韓国に登場した「トンカツ」は、店によって値段はさまざまだ。どちらのトンカスにも支持者がいるようだが、日本にやって来た韓国人観光客が食べたがる料理のなかに、「日本のトンカス」が入っている。

 348話で、日本在住のジャーナリストと称する人が、「韓国人はカレーを食べない」とか「日本に来て、初めてトンカツを見た。韓国人は肉を揚げない」といったことを書いている本、『僕は在日「新」一世』(ヤン・デフン、構成:林信吾平凡社新書、2007)を取り上げた。著者(1967年生まれ)の無知をあえて弁護すれば、田舎育ちで軽洋食に縁がないまま軍隊に入り、除隊後日本に留学したとすれば、ソウルの都会的な軽洋食の世界をまったく知らなかったのだと解釈できる。ただ、カレーは軍隊のおなじみメニューだから、「韓国人はカレーを食べない」という主張はおかしい。この本は、韓国の文化をよく知らない韓国人が語る話を、韓国をまったく知らない日本人が聞き書きして、その原稿を校閲せずに出版した新書だ。

 これは、韓国人が書いているから、話していたから正しいと軽率に判断してはいけないという教訓だ。誤解のないようにはっきりさせておくが、問題は韓国の話だけではなく、韓国人だけの話でもない。タイ生活10年という日本人が語る「これがタイ」という講演を聞いたことがあるが、まあ、ことごとくでたらめだった。ケニア生活3年という日本人が語る「これがケニア料理」という話も、語ったのはケニアのアラビア系の人たちの料理で、だから、何の説明もなしに「これがケニア料理だ」と紹介するのはまずい。日本在住イギリス人が語る話の主語が、「ヨーロッパ人は・・・」だったが、地中海文化を無視していた。

 韓国の大学教授が書いた本でもデタラメばかりというコラムを、297話、298話に書いた。これは上で紹介した新書よりも輪をかけてひどい本だが、アマゾンでそれを指摘する日本人読者はほとんどいない。専門的な話ではなく、基礎の基礎なのだが・・・。日本人の韓国知識は、芸能情報を除けば昔と変わらずオソマツなのだ。

 トンカスの話は、今回で終わる。