901話 イベリア紀行 2016・秋 第26回


 雨のビーゴ

 ポルトは朝から雨だった。昼前にはやむだろうと思っていたのだが、しょぼしょぼといつまでも降っていた。明日ビーゴに行く予定だが、バスで行くとなると、雨のなか、荷物を両肩にかけて傘をさして歩いて行くのは面倒なので、鉄道を使うことにした。なにしろ、駅まで30秒の宿だ。
 日本でポルトガル国鉄の最新時刻表をインターネット調べて、メモをしておいた。ビーゴに行く列車は、1日4便あるはずだ。ところが、駅の窓口で確認すると、「朝夕2本」だという。切符を売っている職員が言うのだから間違いはないのだろう。朝8時15分発の切符を買う。14.50ユーロ。名残惜ししポルト。去りがたきポルトガル
 翌日の、出発の朝も、雨だった。駅までわずか30秒とはいえ、傘をささないとけっこう濡れるほどの雨だった。バスではなく鉄道を使うことにしたのは正解だった。雨のなかを列車は3時間走り、入江が見えたら、黒い雲の下の、日曜日のビーゴだった。スペイン北部は、雨が多いのだ。「太陽と情熱と荒野」ではないのが、スペイン北部だ。
ウルサイス駅から伸びているウルサイス通りがこの街唯一のにぎやかな通りらしいが、日曜日だから人影はほとんどない。
 海に近づこうと坂を下りて公園にさしかかった所で、一天にわかにかき曇り、大粒の雨が降ってきた。朝からの雨は、もうやんだだろうと勝手に思い込み、宿に傘を置いてきた。濡れた折りたたみ傘をショルダーバッグに入れたくなかったのだ。雨宿りする軒がない。あわてて道路の向こうのレストランに飛び込んだが、かなり濡れてしまった。時間的には遅い昼飯時だが、朝も昼もまだ何も口にしていないので、ちょっと高そうな店だが、昼飯を食べることにした。
 生ハムがある。よし、これだ。典型的な朝飯のメニューPan con Tomateにしよう。パンにトマトペーストをなすりつけたもので、生ハムもいっしょに挟んだサンドイッチにしてもらった。旅行先をスペインにした理由のひとつが、「生ハムを好きなだけ食べる」というものなので、スペイン第1日目から、生ハムだ。のどが渇いていたので、カフェ・アメリカーノアメリカン・コーヒー)を2杯飲んだら、支払いは10ユーロ近くになった。「高い!」と思ったが、日本のちょっとしゃれたカフェで、サンドイッチとコーヒー2杯なら、1000円は軽く超えるわけで、今考えると、さほど高くはないと無理に納得した。のちに体験するマドリッドのカフェ事情を考えれば、やはりこの料金は高い。レストラン料金か。
 店を出て、ゆるやかな坂を下ると、港に出た。ちょうど大型豪華客船が停泊していて、ここには人がいた。西側には漁港も見える。この海は、スペイン語でRia de Vigoという。ビーゴ入江という意味だ。このスペイン語Riaが「リアス式海岸」の語源で、英語でも「Ria coust」という。このガリシア地方は、リアス式海岸の本場なのである。
雨が降っているから、散歩は不自由だ。このビーゴでやってみたいことはひとつだけだった。映画「月曜日にひなたぼっこ」の冒頭と最終のシーンで使われた連絡船に乗ることだ。雨がやんだので広い港を歩き、連絡船の発着場を探して、やっと見つけた。映画の撮影時から14年たち、船は新しくなっている。あるいは、化粧をしなおしただけか。映画に登場したオンボロ連絡船は、造船不況でリストラされた男たちを描く映画にはぴったりの道具だったのだが、現在の船は、観光船のイメージがある。この街は不況から脱出したのだろうか。
 船員に切符を買ってくるように言われ、事務所に行った。船は対岸のCangasとの間を結ぶ。航行25分。私はもちろん、映画のように2階デッキに出たが、椅子は雨で濡れていた。船が新しくなっているが、ああ、これがあの映画のシーンと同じなんだとあたりを見回した。出港して間もなくまた雨が降り出して、1階客室に行った。
対岸に着いて、雨のなかでも散歩したくなる街ではなさそうなので、今乗ってきた船で戻ることにした。日曜日だからか、客は少ない。地元の生活者のほか、大きなカメラを首から下げた観光客がちらほらいるくらいだ。
 観光ガイドブック的には、「見るべきもの」はなにもないのだが、私はそういう名所旧跡に興味がない旅行者だから、岸壁を歩き、港のショッピングセンターをうろついていた。日曜日のせいか、人通りは少ない。歩きまわって、疲れて、その辺のカフェに入り、コーヒーを飲みながら、明日からの旅を考える。さて、明日はどこに行こうか。