2110話 ソウル2024あるいは韓国との46年 その5

キムチシャワー 2

 フィリピンも、いつものように、知識・情報・ガイドブックなしの旅だった。タイと違って英語がよく通じるから、街のお兄ちゃんやお姉ちゃんやおばちゃんたちと世間話をする楽しさがあり、エジプトやタイでの沈黙生活を解消したくて、いつでもどこでも誰とでも、やたらにおしゃべりした。だが、それもすぐに飽きてきた。今回の旅は、もうこれでいいかという気がしてきて、旅先からマニラのエジプト航空オフィスに電話をして、羽田までの予約を入れた。これで、今回の旅は終わりだ。

 マニラに戻り、手元の航空券に予約情報を記入してもらおうとオフィスに行くと、こういわれた。

 「予約は受けていません。羽田までの便は、5週間先まで満席です」

 週に1便だから、こういうことになりやすいのだから、バンコクで羽田までの予約を入れておくべきだったのだが、フィリピンがどれほどおもしろいのかわからないのだから、フィリピン出国の日付けをあらかじめ決めておく気にはならなかった。それに、ひと席くらいなんとでもなるだろうと、世間を甘く見ていた。

 毎週空港に通って空席待ちをやるという手もあるが、フィリピンのビザはもうすぐ切れるから別の手段を選ばないとといけない。「ビザなしで21日間滞在可」という規定で入国した私が滞在を延長するには、手間もカネもかなりかかることがわかった。それだけのカネをかけて、あとひと月以上このフィリピンにいたいとは思わない。どうする? 羽田までの航空券を捨てて、おもしろいルートがあるか?

 そこで浮かんだのが、韓国だ。フィリピン料理はまずくはないのだが、刺激がない。おもしろ味がない。辛い料理を食べたい。そうだ、キムチを食いたいなあという連想から、マニラーソウループサンー下関という移動ルートが浮かんだ。マニラー台北那覇というルートも浮かんだ。あのころは、台湾・沖縄間の航路があったのだのだが、台湾も沖縄も行ったばかりだから、行ったことのない韓国にしようと思った。

 旅行社で、マニラーソウルの大韓航空の片道切符をたいして安くもない値段で買い、すぐさま韓国大使館に行き、ビザを取った。観光ビザで15日間滞在できた。タイもフィリピンもビザなし滞在を認めていたが、台湾や韓国といった強権国家は、滞在にビザが必要だった。そういう時代だったのだ。国によってはビザ代を外務省の収入源と考えていたようだが、韓国や台湾の場合は外国人が入ってくることをあまり歓迎していなかったという政治事情もあったと思う。「スパイを見つけたらすぐに通報せよ」というポスターが貼ってあった時代だ。

 マニラのあわただしかった日の翌日、ソウルの金浦空港に着いた。キムチを浴びるほど食ってやろうということしか考えていなかった。

 ちなみに、1979年のソウルの画像がネットで見つかった。これが私が初めて見たソウルなのだが、予想以上に古色蒼然としている。まあ、ほんとに「昔」なんだけどね。